
JRA「私の競馬、俺の競馬」
アカネテンリュウのような大器晩成タイプの馬が好みです
--まずは手嶋さんが競馬をご覧になるようになった、きっかけから教えていただけますか?
「北海道で生まれ育った私にとって、馬や競馬はとても身近な存在でした。小学生の頃からピクニックを兼ねて、札幌や函館の中央競馬、旭川や岩見沢の地方競馬、それにばんえい競馬にも出かけました。高校の近くにも競馬場があって、予想屋のお婆さんとも仲良くしていました(笑)。私の専門の“インテリジェンス”は、近未来を予測するわざなのですが、その基本はあのお婆さんに教えてもらったように思います。函館競馬場にも出かけましたよ。当時、函館で見た忘れられない1頭、それがアカネテンリュウでした」
--アカネテンリュウといえば、上がり馬として臨んだ菊花賞を制したことで有名ですが、函館でご覧になられたのは、ちょうどその快進撃がはじまる頃だったのでしょうか?
「春のクラシック戦線は鳴かず飛ばず。未勝利をかろうじて脱して、函館にやって来たアカネテンリュウでしたが、颯爽としていましたよ。ひと夏を海峡の街で過ごしたことで、ぐんと実が入ったのでしょう。その勢いを駆って秋のクラシック路線を駆けあがっていきました。アカネテンリュウにどこか明日の自分を重ね合わせていたのかもしれません」
--ブレイク前のアカネテンリュウに注目された理由というのは?
「やはり馬名の響きに心ひかれました。馬体そのものも美しくて力強く惚れ惚れするような馬でした」
--言葉を使うお仕事をされていると、やはり馬名というのは気にされるものですか?
「ええ、やはり言葉の響きにはどこか敏感なのでしょう。いい馬名には、同じ頭文字を何代も受け継いでいたり、ジェームス・ジョイス張りに尻取りになっていたりします。アイルランドでは言葉に神が乗り移っていると言いますから、馬名も考え抜かれたものが多い。アメリカのメリーランド州には、馬名を考える天才的な老女がいて、馬名を考えるだけで生計を立てている。走る馬名をと願う馬主さんの求めで、そのお婆さんは、血統だけでなく、父系や母系に受け継がれてきた馬名の韻も考慮して、素敵な馬名を考えだす。彼女はいってみれば馬名を吟じる詩人なのです」
--ちなみに手嶋さんの代表的な小説『ウルトラ・ダラー』では、サイレントギャラクシーとサイレントディテクターという名前の競走馬が登場しますね。
「2頭とも9文字以内という規定を2文字超えている。わざとそうしたのです。小説に登場する馬名が勝手に使われ、この馬たちのツキが変わってしまうことを防ぐためなんです。ちなみにサイレントディテクターは、“探偵”という意味に加えて、作品で大きな鍵を握る“偽札検知器”という二重の意味を持たせています。読者の方からは、『ダブル・ミーニングになっていていい名前だ』と、お褒めの言葉をいただきます」
ジャーナリストとして幾多の天才に会ったが、故・吉田善哉氏こそ真の天才だった
--手嶋さんが執筆されたインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』には、ノーザンファームの吉田勝己代表が実名で登場しています。また『ライオンと蜘蛛の巣』では、サンデーサイレンス購入に至るドラマが描かれています。社台ファミリーの方々とは深いお付き合いがあるようですね。
「競走馬を求めたいという中国人の富豪の知人に頼まれて、旧社台ファームを訪ねたのがお付き合いの始まりです。当時の社台ファームは、ガーサントという名種牡馬を喪って、新たな打開策を懸命に求めていた時期でした。そんな試練の中にあって、吉田善哉さんは、長男の照哉さんと次男の勝己さんに新しい牧場を拓かせ、向かい風に立ち向かっていた。僕はジャーナリストですから、仕事柄さまざまな人々にお会いしてきましたが、ああ、この人は天才だと思った人は多くはありません。ただ、今は亡き吉田善哉さんは紛れもなく天才の名に値するホースマンでした」
--それは、どういう時にお感じになられたのでしょうか?
「類稀な閃きを持った人でした。どの繁殖牝馬にどの種牡馬を種付けするか。それは牧場の将来を左右してしまうほど重要です。だからこそ、生産者は皆じっくり研究を重ね、最高の配合を考え抜くのです。でも善哉さんは、そうした決断を一瞬のうちに下していました。天才ホースマンの頭の中には、繁殖牝馬と種馬をめぐる血統のツリーが瞬時にディスプレーされていたのでしょう。そして、将来の血の拡がりを思い浮かべていたのでしょう。想像力という名の筋力で過去から離脱し、未来に分け入っていった。天才の真骨頂です。あたかも、手練れのカメラマンが、決定的瞬間をわけもなくフレームに収めてしまうように。そんな天才だからこそ、野生の血を受け継ぐサンデーサイレンスを手に入れることができたのでしょう」
--手嶋さんは、そのサンデーサイレンス購入のきっかけとなる現場に立ち会ったとも聞いています。
「ええ、舞台はアメリカ東海岸のカジノ都市アトランティック・シティでした。吉田勝己さんと私は、ルーレットで勝負していました。ゲームが佳境に入ったその時、勝己さん宛に吉田善哉さんから国際電話が入ったのです。『いい種馬を求めて日々大勝負をしているのに、ケチな勝負にうつつを抜かすとは何事だ。西海岸のサンタアニタ競馬場にサンデーサイレンスの調教師がいる。すぐに出かけて購入を持ちかけてみろ』とえらい剣幕でした。牝系が一流とは言えないと見られていましたが、やはりアメリカ・ダービー馬。日本の牧場の手に落ちるなど夢のまた夢。天才“ヨシゼン”さんの一喝がなければ、あの偉大な種牡馬は日本に来ていなかった。あのとき、まさに漆黒の恋人を追いかけていたのです」
インテリジェンス感覚を磨こう 競馬はそのわざを磨くのに格好です
--小説『ウルトラ・ダラー』では驚異的な的中率を誇る馬券師も登場しますが、手嶋さんご自身も、馬券はお買いになるのですか?
「ええ、僕に馬券を控える素質がもう少しだけあれば、馬券師になれたのになあ(笑)。賭け事にはめっぽう強いのですが、競馬が好きなために馬券をつい買って観戦してしまう。これはというレースに絞って賭ける自己抑制力がないと馬券師にはなれません。ジャーナリストとしての私は、あまり見通しを誤らないタイプだと見られています。過去の履歴は文章で残っていますから。近未来の読み筋をあまり外さない方なのでしょう。勝ち馬を推理する鍛錬が、仕事にも役立っているのかも知れません(笑)」
--強い運を保持されているのは、どのあたりに要因があるとお考えでしょうか?
「自分の賭けのスタイルを崩さないことは大切です。さらに、歴史は繰り返されないと肝に銘じること。過去の競走データは参考になりますが、同じパターンが繰り返されることなど稀ですから。株式や為替相場にも通じるのですが、講釈は過去のパターンを言っている者が大半なのです。それでは的中しても、配当は少なく、あまり妙味はありません。常識を超えたところに幸運はあるのです」
--あまり振り返りすぎるのも、よくないというわけですか?
「これまでに生起した出来事を記憶に留めておくことが重要です。賢者は歴史に学ぶと言います。しかし主戦場は眼前で起きている出来事です。河原に転がる膨大な石ころから、気になる情報を選り抜き、その意味を読み解けば、近未来に起こるものが姿を現します。そのわざが“インテリジェンス”なのです。新聞等に載っているデータは単なる“インフォメーション”に過ぎません」
--手嶋さんの専門である“インテリジェンス”も競馬に関連しているのですね?
「もちろんです。競馬ほど“インテリジェンス”のわざを磨くのに格好のものはない。慶應義塾大学の大学院で“インテリジェンス”を担当していますが、競馬を取り上げることがある。学生に近未来を読み解く体験をさせるのです。同時に、結果を知ったうえで、あれこれ後講釈をする分析がまやかしでしかないことを学ばせます。インテリジェンス感覚にいっそう磨きをかけたいなら馬券を買うことです」
窓の外には牧場の風景が広がるオフィスで執筆に励んでいます
--NHKワシントン支局長としてご活躍されていた頃は、現地の競馬場に行かれたこともあったのでしょうか?
「ええ。アメリカだけでなく、休暇でアイルランドにもよく出かけました。レンタカーを借り、各地を巡回する競馬とともに旅をしたものです。アイルランドはユニークなブックメーカーがあって、馬券の種類も豊富でユニーク、実に楽しいですね。1着と5着、着差まで賭けの対象です。ブックメーカーは米大統領選の予想も受けてくれますから、もう僕の立派な本来業務です(笑)」
--国内の地方の競馬場にも足を運ばれる機会はあるのですか?
「もちろんです。北海道の門別競馬場にはよく出かけます。というのも、ノーザンファームの敷地内でとても美しい場所があり、『ああ、ここはいい』と呟いたら、吉田勝己さんが執筆場所に仕立ててくれたのです。執筆の環境としては最高です。空気は澄んでいて静か、大きな窓の外には1歳馬が草を食んでいます。となれば、筆も進むはずなのですが、早朝は若駒の追い運動があり、週末には各地で競馬があり、平日の夜には近くの門別のナイター競馬につい出かけてしまう。僕のような凡俗の徒は、心乱されがちな環境なのです(笑)。とはいえ『ウルトラ・ダラー』のかなりの部分は、牧場で書きましたし、2月末に新潮社から上梓される小説もノーザンファームで執筆しました。ぜひ読んでください」
--次に出る新作にも、競馬に関連するシーンは出てきますか?
「実は2009年のセレクトセールの緊迫した場面が登場します。ストーリーの謎を解くうえで、競りは重要なシーンとなっています。競馬ファンの方には、存分に楽しんでいただける趣向を凝らしています」
--さて最後に、手嶋さんにとって競馬の魅力や醍醐味を改めて教えていただけますか?
「ひとことでいえば、『競馬には自らの人生そのものが投影されている』と言います。苦境にあえいでいる人も、それを乗り超えると、新たな地平が広がっている。今は幸運に酔いしれている人も、その先には厳しい試練が待ち受けている。競馬とは、我々の近未来を映し出す鏡のようなものなのです」



