手嶋龍一

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特集コーナー

日米同盟に戦略上の空白

 ドナルド・トランプ次期大統領は、選挙中の過激な主張をどこまで軌道修正するのだろうか――。トランプ・タワーの最上階、黄金の間で行われた安倍・トランプ会談は、新政権の行方を占う重要なものとなった。安倍首相は会談を終えて、首脳同士の信頼関係を築きあげていく確かな感触を得たと次のように述べた。

 「同盟は互いの信頼がなければ機能しない」

 詳細は明らかにしなかったが、動乱の東アジアにあって日米同盟の重みを次期大統領と分かち合えたと自信のほどを覗かせた。

 通常、ホワイトハウス入りを控える次期大統領は、現職に配慮して、外国の首脳とは会わない。超大国を率いるふたりの最高首脳が異なる舵取りをしてしまえば、アメリカが二重外交に陥ってしまう。それだけに、主要国の首脳に先がけて行われた安倍・トランプ会談は異例のものとなった。

 首脳同士の間柄は、男女のつきあいにも似て、きわめてデリケートだ。果たしてウマがあうかどうか。それは当人たちにしか分からない。バラク・オバマという人は、民主主義の原理に極めて忠実で、安倍首相の靖国参拝を誰よりも強く批判した。それ以来ふたりの関係は緊張を孕んだままだった。安倍首相は「トランプ氏とならうまくやってみせる」と密かな感触を掴んだのろう。

 「自由貿易協定によって企業はアメリカを逃げ出し、人々の雇用が失われてしまった」

 選挙戦でトランプ氏はこう訴え、「錆びついた地帯」に暮らす白人労働者の心を鷲掴みにして当選を果たした。そんな次期大統領に自由貿易の重要性を印象付けることは出来たのかもしれない。だが、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の側に傾かせることができたかどうか定かでない。早くも再選に向けて布石を打ち始めたトランプ共和党政権を内向きの支持者から引き剥がすのは容易な業ではない。

 「アメリカは日本を守っているが、日本は金を払おうとしない。防衛に応分の負担をしないならもう守れない」

 トランプ次期大統領は、中国の海洋進出の盾になっている日米同盟の意義を認めてこなかった。そして日米安保条約を見直し、条約の廃棄すらほのめかしたのだった。今回のトランプ・タワー会談を待つまでもなく、トランプ新政権が日米安保体制からすぐに離脱することなどありえない。

 だが、一連のトランプ発言は、太平洋同盟にすでに深い傷跡を残してしまった。日米同盟の内側に戦略上の空白が生じ始め、抑止力が衰弱しつつある――。日米同盟の風圧に曝されてきた中国や北朝鮮はそう受け止めていることだろう。外交・安全保障とは、条約の文言を超えて、じつに移ろいやすい生き物なのである。

 かつてニクソン共和党政権は日本の頭越しに劇的な米中接近を図って「ニクソン・ショック」を引き起こした。外交の要諦とは、緊密な同盟国に不安や衝撃を与えないことにある。「トランプ・ショック」も東アジアに一種の「力の空白」を創り出してしまっている。それゆえ安倍外交の課題は、日本が自ら同盟の空白を埋め、トランプ新政権を日本の側に惹きつけることにある。


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