アメリカ大統領が狙撃された―。

 「サンフランシスコ・クロニカル」紙のフロントページに特大の活字が躍っている。心臓が一瞬ぎゅっとしめつけられた。昨夜は携帯電話も押し黙ったままで、枕元の受話器も鳴らなかったはずだ。なぜ深夜に緊急連絡が入らなかったのだろう。こんな疑問がほんの数秒、脳裏をよぎった。

 それはノブ・ヒルからサンフランコシスコ湾を見おろして建つザ・フェアモント・ホテルでの出来事だった。朝刊を買おうと降りていった一階の売店。棚に並んでいた新聞は、ケネディ大統領の暗殺を報じたみやげ用だった。この号外を握りしめながら、ニュースに追われるわが人生もギアを入れ替える潮時だと思い定めたのだった。

 次々に押し寄せる荒波をからくも泳ぎわたる日々。休暇用の格安チケットは、日程の変更もきかず、払い戻しもできない。このため航空券を幾度ドブに捨てたことだろう。スペインのアンダルシア地方で休暇を過ごすためボルティモア・ワシントン国際空港から飛び立とうとしていた時、携帯電話が点滅した。

 「クリントン大統領がたったいまバグダッドの情報機関の建物に巡航ミサイルをぶち込みました。すぐにも中継放送をと東京から言ってきています」

 閉まりかけたドアをとっさにすり抜け、ホワイトハウスに舞い戻らなければならなかった。有事に備えて大統領府から三十キロ以内に居て、昼寝でもしていてくれればそれでいい―。編集幹部たちの本音だった。かくして僕は、八年もの間、国際政治の魔都に幽囚され続けた。

 だがザ・フェアモント・ホテルの決意を実行するときがきた。放送局に別れを告げたその日、まっすぐに目指したのは、小さな港町セント・マイケルズだった。チェサピーク湾が深く切れ込んだ入り江に建つコテッジを借りうけ、調査資料もダンボールに詰めて送りつけた。そして翌日から朝日が水平線に昇るとともに目覚めてキーボードに向かい、物語を紡ぎだす暮らしが始まった。全ての時間を独り占めにできる。それは至福のときだった。こうして北朝鮮製の精巧な偽ドルを縦軸に、インテリジェンスを横軸にした物語『ウルトラ・ダラー』が少しずつ姿を整えていった。

 執筆に疲れると大型ヨットが繋留されている桟橋をぶらぶらと散策し、土地の船乗りたちと雑談を交わす。南はキーウエストから北はニューファンランド島まで。彼らが踏破した海の道はなんとも魅惑的だった。

 ランチ時になると四輪駆動車を駆って隣町のイーストンに出かけていく。白い木造の家々が連なるゴールズボロー通りにある「コーヒー・イースト」。ローカル・アーティストが描いたパステル画が壁に架かる心地のいい席でBLTを注文する。レタスにベーコン、それにトマトをはさんだサンドイッチを頬張りながら「ニューヨーク・タイムス」に読みふける。ホワイトハウス発の記事からは、僕の傍らで機関銃のように記事を打ち出していた支局長のデビッドの姿が二重写しになる。こうして世界がめまぐるしく動いていることを確かめ、陽が傾くとカフェを兼ねたミステリー専門の書店に寄って、暗い海面を見晴るかして机に向かう。

 こうしてセント・マイケルズでの二ヵ月半はあっという間に過ぎ去っていった。残念なことに小説ができあがってしまったからだ。東京の地下鉄で、ロンドンの雑踏で、セント・マイケルズの面影が間欠泉のように蘇ってくる。そしていつの日かあの港町に帰っていこうと思う。だが次の瞬間、それを制するもうひとりの僕がいる。次回の長編は、アイルランドのディングル半島で、それともフィレンツェ郊外のフィエゾレの丘で、いやアルゼンチンの港町ボカでと思いあぐね、いまも決めかねている。

 

月刊現代2007年8月号
「旅の達人が贈る 『20000字のボン・ヴォヤージュ』」特集に掲載



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