12月×日 数冊の本を鞄に詰めて北陸行きの列車に飛び乗った。米原を過ぎる頃から氷雨模様になった。
だが、車窓に飛び去っていく風景に眼をやる暇も惜しい。開いた本がそれほどに面白かった。「双六で東海道」(文藝春秋 1429円)。おなじみ丸谷才一先生の筆になる抱腹のエッセイ集である。スケッチブックを手に東海道を共に旅するのは名イラストレーターの和田誠。
なかでもお奨めの一編は「周恩来も金日成も田中角栄も」という政界ゴシップ。吉田茂が「一石二鳥」を英語に直訳してしゃべったと、あるジャーナリストがワンマン宰相の英語力を難じた。われらが丸谷先生はこれに疑問を呈している。「オクスフォード諺辞典」を引き16世紀から英語には同じ言い回しがあったと指摘し、安手の政治家批判を戒めている。
このくだりで思わず膝を打った。わがインテリジェンス小説「ウルトラ・ダラー」で、主人公の英国秘密情報部員スティーブンが、盟友である米国シークレット・サービスの捜査官に同じ誤りを指摘し、紀元前のラテン語に同様の表現があると諭していたからだ。
やがて話題は「一石二鳥」から、「弱肉強食」といった四文字熟語に及び、果ては「狗馬声色」にいたる。古代中国の貴顕が好んだ四大趣味がこれだという。「狗」の犬。「馬」に官能的な音楽を意味する「声」。そして言わずと知れた「色」事である。こうした中国人の趣味は、現代の宰相にも引き継がれ、かの周恩来も無類の犬好きだったという。
「周さんが犬を飼うのも食べるのも共に趣味であったという意味らしい」。そして金日成や田中角栄にも犬尽くしのフルコースを振る舞っていたエピソードが紹介されている。
気がつくと古都金沢の東の茶屋街にある喫茶店「ゴーシュ」の片隅にいた。コーヒーの芳しい香りに包まれて「藤沢周平 未刊行初期短篇」(文藝春秋 1714円)と村上春樹の新訳「グレート・ギャツビー」(中央公論新社 2600円)を相互に読みながら至福のひと時をすごしたのだった。
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