インテリジェンスをダメにする省庁の壁
私は日本の情報収集システムについて絶ちがたい疑念を抱いている。なぜ、内閣の要である官房長官にすら塵芥のような情報しか挙げようとしないのか。挙げるに足る情報がそもそもないのか。問題点をひとことでいえば、関係の省庁に横たわる「機密の壁」がすべてだ。すなわち情報の統合に省壁が立ちはだかっているのである。たとえば外務省は、在外公館を通じて海外情報を収集している。外務省は、自らの政策立案にそれを使っても、一級のインテリジェンスは他の官僚機構には渡そうとしない。防衛庁や公安警察もまた同様なのである。機密の度合いが高い情報ほど秘蔵されてしまう。どんな情報を機密扱いにするのか、その判断は各々の官僚機構が独自に行っている。その果てに、首相官邸にすら、重要情報が報告されないケースが出てきてしまう。
英国にすべてを学べ、などという気持ちは少しもない。だが、英国にはJIC(合同情報委員会)という組織があり、SIS、MI5のほか、政府通信本部、国防省情報部のトップと外務・連邦省、国防省、内務省、警察の次官級高官で構成されている。そこに四〇名ほどの、精鋭の情報評価スタッフが揃っている。彼らには各省庁のインテリジェンスへのアクセス権が保証されている。これこそが問題の核心である。玉石混淆の膨大なインテリジェンス報告から首相に報告すべき価値ある情報を入手し選別する。そして「評価報告」の筆を執る。それを合同情報委員会のメンバーが精査して、国家の舵取りに資すると判断された情報のみが内閣の主要メンバーに直接報告される。
日本には、まずこの評価スタッフに該当する専門家がまったく存在しない。英国と同じように内閣官房副長官が主催する隔週の合同情報会議が開かれてはいる。だが、あくまで非公式な連絡会議にすぎない
【*2】 。インテリジェンスを統合するプロセスが明確化されていないのである。
英国JICとのもっと大きな違いは何か。合同情報委員会のメンバーが、警備・公安情報や外務省情報にアクセスしようとしても、“省壁”に阻まれてしまう点である。この省庁の機密障壁をそのままにして、関連省庁から出向者を集めた「対外情報機関」を創設しても、水準の高いインテリジェンス機関に脱皮する保証はない。日本のインテリジェンスの強化を根本から見直したいのなら、新しい器をつくるより、まず“省壁”を取り払う方策を議論すべきだろう。
なによりインテリジェンスを担う人材を養成するには、膨大な時間とお金がかかる。そのうえ、国家のインテリジェンスに携わる人は、たとえ立派な仕事をしても、その成果や功積は公に知られることがない。家族にすらその仕事の意義は理解されない苛烈な仕事なのである。どんな状況にも耐えられる強い精神力と、品格を持っている者だけが、インテリジェンスを担うことができる。国益よりも省益を優先する官僚組織とは、対極に位置する仕事なのである。 |