活字の中に真実はない。極秘情報は口伝えに漏れる
可士和 それには現実社会の中で、真実を見抜く目が必要ですよね。でないと近未来の予測もぶれてしまう。
手嶋 その通りです。僕の仕事では真実は活字の中にはありません。
可士和 活字というと文書とか?
手嶋 具体例をひとつ。戦前の東京には伝説のスパイ、リヒャルト・ゾルゲがいた。特高と呼ばれる秘密警察の監視下で東京に住み、「キリキリと胃がさいなまれる暮らしだ」と本国に報告しています。でも、東京には細やかな気遣いができ、知的で美しい女性が溢れていました。世界最高の水準といっていい。ゾルゲはそんな女性たちにひどくもてたのです。彼女らと暮らし、東京生活はじつに楽しかった。でも記録にはそんなことは一行も書かれていません。記録に残るゾルゲ像と現実のゾルゲ像には大きな落差がある。それを分析して読み解き、真実に迫る。それがインテリジェンスの技なのです。
可士和 面白いですね。インテリジェンスという機密情報を扱う仕事をする人に、必要な資質は何ですか。
手嶋 人柄が魅力的で、聞き上手。この人になら全てを語ってしまいたいと思わせるような。真に貴重な情報は魅力的な人を介してしか漏れてこないものなのです。
可士和 僕もクライアントにいろんな聞き込み調査をします。これを僕は「問診」と呼んでいるんですが、やはり問診から得た情報の中に、大きなヒントがありますね。
手嶋 畑違いの仕事なのに共通点がずいぶんとあるものですね。実はそうじゃないかと見立ててやってきたのですが(笑)。
可士和 さすがです。『ウルトラ・ダラー』には事実も多いのに、小説というフィクションにした理由は?
手嶋 情報源を秘匿しなければならないからです。情報のプロにも出所をけっしてつかまれてはいけない。物語では、壁をピンクに塗った鎌倉のスパイ養成校が登場し、ユーミンの詞が教材に使われている。編集者から「ちょっとやりすぎでは」と言われたのですが、すべては実在するのです。現実の出来事は、合理的であろうとする小説を破砕するエネルギーを秘めています。
可士和 国家機密レベルの情報をそんなに知っていて危険はないですか。
手嶋 『ウルトラ・ダラー』の発売日、事件に関係する地域の書店からは本がさっと消え、身辺には危険の影が差していました。でも予測の範囲内でしたよ。そんな仕事を選んだのですから仕方がありません(笑)。
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