『読売ウィークリー』 2006年10月29日号掲載

 不透明さを増す北朝鮮情勢。「金正日の真の狙いは」「米国による軍事制裁はあるのか」。米国や東アジアなどにディープスロートを持つ外交ジャーナリスト手嶋龍一氏に、今後の動きを読み解いてもらった。

― 北朝鮮の真の狙いとは?

 一般には「瀬戸際政策」と説明されるが、実際は弱者の恫喝です。しかも、その手法は、ダダっ子が親の関心を引くために悪さをするのと同じ。6か国協議から米国を誘い出し、米朝2か国間で直接交渉に持ち込むことが狙いだ。米国が交渉のテーブルにつけば、核廃棄を要求したとしても、金正日体制の転覆までは要求しまいと読んでいる。

 また、平壌サイドは、安倍政権になって日中、日韓首脳会談がこんなに速い展開で進むとは予想していなかったのだろう。冷や水を浴びせるつもりで、このタイミングに核実験を公表したのではないか。

― 中国はメンツをつぶされた形だが …

 米国がイラク戦争でつまずき、東アジアに関心を寄せる余裕がない今、中国は6か国協議を「戦略的な好機」と位置づけていた。6か国協議の議長として、東アジアでの主導権を握るはずだった。

 ただ、いざというときに、北朝鮮に対して影響力を発揮できなければならない。中国は先のミサイル発射に続いて核実験にも反対をしたが、北朝鮮は耳を貸さなかった。つまり、北朝鮮への影響力を前提とした中国のリーダーシップは、まさにイリュージョン、幻でしかなかった。6か国協議の議長の影響が地に墜ちたのだから、大変に深刻な事態です。

― ブッシュ米大統領は、北朝鮮のことをどう考えているのか?

 大統領は、2002年の一般教書演説で、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」とした。その時点で、イラクのサダム・フセイン政権を転覆し、イランには強大な軍事力を背景にして核の放棄を迫る方針を固めていた。しかし、北朝鮮に対しては、まったくの白紙だった。

 その直後、私はブッシュ大統領にインタビューをしたが、「(北朝鮮との)対話の窓口を閉じたわけではない」と初めて明言した。つまり、同じ悪の枢軸でも、北朝鮮とは対話の余地を残すなど、イラク、イランとは対応が異なっていた。

― 米国による軍事的な制裁はあり得るのか?

 ブッシュ大統領は金正日政権を嫌悪している。もし、米国に手を触れることがあれば、自衛権の発動として大規模な空爆で攻撃するだろう。だが、直接攻撃をしてこなければ、自分から伝家の宝刀(武力行使)を抜くことはないとしている。北朝鮮は積み残しだと考えているのであろう。

 実際、イラクでのつまずきはとても大きく、東アジアに大きな戦略的な関心を振り向ける余裕はないのだろう。イラク戦争の負の影響が、東アジアにこそ出ているのだ。

 しかし、北朝鮮が核実験を行ったと発表したことで、米国の対話路線は完全に破綻した。局面は変わり、これまで近づかなかった川を渡り始めているとみていい。

― 安倍首相の課題は?

 小泉前首相とブッシュ大統領の関係はとても良好だったが、これには光と影があった。両首脳の仲が良かったゆえに、皮肉なことに、日米関係の危うさに目を配ることを怠り、日米同盟の空洞化を生んでしまったのだ。

 安倍首相にとって、最も意を用いるべきは、米国の目を常に東アジアに向けさせることだ。日米同盟を盤石にすることが優先課題だ。私は、米国の力の行使を唆しているわけではないが、米国のような超大国が強大な軍事力を背景にして交渉に臨むことで、相手は降りてくる。北朝鮮に対しては、それをしてこなかった。そうした米国の手の内を、金正日総書記は一番よく知っている。

 しかし、本当に伝家の宝刀を抜かせては、安倍外交の失敗になる。極めて険しいイバラの道ではあるが、安倍政権は発足早々、勝負のときを迎えている。

 
読売ウィークリー 2006年10月29日号掲載
※(注) この記事は読売新聞社の許諾を得て転載しています。無断で複製、送信、出版、頒布、翻訳、翻案等著作権を侵害する一切の行為を禁止します

 


Copyright © Ryuichi Teshima All rights reserved.
無断転載はご遠慮ください。