「この街をどうにかしてやろうなどと思わんほうがいい」
年老いた黒人は、無垢な理想ほどいかに脆いかを体験から知っていたのだろう。懇々と諭したのだが、青年は決心を変えようとしなかった。「コミュニティ・オーガナイザー」として荒廃に立ち向かっていった。
この若者こそバラク・オバマだった。現代アメリカの恥部に分け入っていった若き日の姿を素描した自叙伝『マイ・ドリーム』はこう述べている。
「変革は巨大な組織が引き起こすものではない。草の根の胎動こそが変革の引き金となる」
だが、ハワイ生まれの黒人青年を待ち受けていたのは、獰猛なまでに過酷な現実だった。オールトゲルト地区で育った子供たちは、緑の庭すら見たことがない。一帯の公営住宅団地が「ザ・ガーデンズ」と名づけられているというのに。
「ここの子供たちは、使い古されたものしか目にしたことない。だから物をぶち壊しては、街をあっという間に破壊することにひたすら悦楽を見出していた」
常の若者なら早々に逃げ出していたことだろう。だが彼はこの不条理のなかに踏みとどまった。黒人としてこの国に生を享けるということが何を意味するのか。その解を見いださない限り、人生の次の一歩を踏み出すことができなかったからにちがいない。
アメリカは、「移民と奴隷で創られた国だ」と説明される。旧世界の圧制を逃れて移り住んだピルグリム・ファザーズと暗黒大陸から綿花栽培の労働力として売られてきた黒人奴隷で織りなされる国家、それがアメリカ合衆国なのである。バラク・オバマは「黒人初のアメリカ大統領を目指す男」と呼ばれるが、奴隷の末裔ではない。『マイ・ドリーム』で自ら述べているように、父はケニアから来た前途有望な留学生であり、母はカンザス生まれの白人だった。
暮らし向きはさほど苦しくなかったが、黒い肌へ注がれる人々の眼差しが慈愛に満ちていたわけではない。自叙伝には黒人奴隷を父祖に持つ人々と同じように扱われながら、気高き父の国の末裔である誇りを捨てきれない。そんな青年の内なる葛藤が淡々とした筆致で述べられている。オバマ青年にとって、シカゴ郊外の黒人街オールトゲルトこそ新たな自分を見つけ出す約束の地だったのである。
バラク・オバマは、ここの黒人教会を拠点に都市の砂漠を緑なす大地に変えようと格闘し続けた。そして3年後、ハーバード大学のロースクールに入るため、この貧民街をあとにしたのだった。だが、彼の人生に転機をもたらしたのは、名門校ではなく、サウスサイドだった。
「黒人のアメリカも、白人のアメリカもない。あるのはひとつのアメリカ合衆国だ」
青年政治家バラク・オバマの存在を全米に知らしめた4年前の民主党大会のスピーチは、すでに彼の地で姿を整えていたのである。シカゴ郊外の貧民街こそリンカーンを生んだ丸木小屋にも匹敵する存在だった。この自叙伝は、変貌を遂げる多民族国家に生を享けた青年政治家の内なる旅の記録であり、アメリカ民主主義の復元力を物語る書でもある。
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