佐藤 ここ数年、私が危倶していたのは、現在の日本では、特に対外インテリジェンスに関して、ほとんど体を為していないような状況に陥ってしまっているということでした。しかし、手嶋さんが登場したことによって、本格的な日本のインテリジェンスの伝統を回復すると同時に、現代イギリス流のインテリジェンスの基礎が、あと五年ぐらいでできるのではないかと思うんです。その意味で『ウルトラ・ダラー』という作品は、日本にとってインテリジェンスというのはどういうものなのかという大枠を小説という形で提示した上で、その内在論理まできちんと描いた初めての作品だと言えるでしょう。ですから、手嶋さんの提言をここからどうやって活かしていくのかというのは、今後、日本の政府にとって非常に重要なことだと思うんです。
手嶋 同感です。確かに日本には真のインテリジェンスオフィサーが、佐藤優さんのように突然変異的に生まれる以外には、ほとんど出てこないだろうし、そもそも、育てる組織もない。警察にはインテリジェンスに関して組織的にも手法としてもかなりの蓄積はありますが、それはあくまでカウンターインテリジェンス ( 対敵情報活動 ) で、対外インテリジェンスとは別のものですからね。
佐藤 本当に警察の能力は高いです。
手嶋 そうですね。
佐藤 しかし、状況によってはカウンターインテリジェンスの文化が対外インテリジェンスのブレーキになる。自発的、積極的に動くというのは潜在的にスパイということになってしまうんです。徹底的に警戒して何もしないのが一番いいということになると、対外インテリジェンスはできないですね。結局、対外インテリジェンスとカウンターインテリジェンスは文化が違うから、切り離さざるを得ない。一緒に動くと必ず軋礫が生じるんです。両者のバランスを為政者がうまくとることが大切です。
手嶋 たしかに、幾つかの問題点を抱えています。ただ、絶望の唄を歌うのはまだ早い。
佐藤 国家は生き残らなければなりません。そのためにはインテリジェンスは不可欠な要素となります。
手嶋 その通りです。世界第二の経済大国である日本は必然的に潜在的にはインテリジェンス大国たり得る―。これは佐藤優さんの立論ですが、僕もなるほどと思います。もちろん、実際にはイギリスやアメリカ、ロシア、イスラエルなどインテリジェンス大国との間には、まだまだ大きな溝があるけれども、諦めてはいけないというのが、佐藤さんの新作の隠されたメッセージではないでしょうか。
佐藤 そこまで読み込んでいただいて、ありがとうございます。
手嶋 僕も外交ジャーナリストの端くれですので、八○年代の終わり頃から、モスクワに佐藤ありと注目していました。それ以来、ずっと佐藤さんのことは気になっていたのです。情報を追いかけていくというのは、獣道を辿って山に分け入って行くようなものです。僕は主としてワシントンから、佐藤さんはモスクワを基盤にして、獣道に分け入っていく。そうすると、思いがけず遭遇したりするわけです。獣道だから暗くて見えない。ところが、頬にちょっと手が触れたように感じるー。
佐藤 すれ違ったりとか。
手嶋 暗いところで、大きな目が僕を見ている。目を凝らすと、そこにラスプーチンという人の姿を見つける。不気味ですよね。
佐藤 こっちも逆に、何回か手嶋さんの歌舞伎役者のような流し目を見たような気がします。テルアビブから成田に帰って来たときに、すっと背中に手嶋さんの視線を感じるとか、そういったことがありましたから。ただ、お互いどこで遭遇したなんて話をしないのが、この世界の文化ですよね ( 笑 ) 。
手嶋 そうですね。普通はこんな話はしませんが、今日は読者へのサービスということで。 |