手嶋 日本には経済大国にふさわしい情報のポテンシャル ( 潜在能力 ) があると思うんですが、往々にしてそれが不健全な利用のされ方をしている。一つ例を挙げるなら、ソ連による大韓航空機撃墜事件のときの後藤田正晴さんの行動です。後藤田さんはそれは凄まじい人で、当時、官房長官として「日本が得たインテリジェンスを縦横に駆使して、日本はソ連を追い詰めた」と言われている。けれども、そこには後藤田さんがことさらに作り上げたフィクションの部分がある。事実に則すれば、まず当時、稚内にあった陸自の電波傍受機関、確か「二別」 ( 調査第二課二部別室 ) と言うんでしたっけ?
佐藤 ええ。昔の「調別」 ( 調査部第二課別室 ) ですね。
手嶋 そこがソ連側の交信を傍受し、まさに「これから撃て」という指令が出ている決定的な証拠を捕らえた。本来ならこの情報は、自衛隊の長を経て内閣官房長官、そして総理に伝えられなければならないのですが、そうならなかった。その情報はどこに行ったか。現地にいるアメリカのインテリジェンス・オフィサーに差し出されたんです。
佐藤 調別の施設はもともと米軍のものを引き継いだので、アメリカのオフィサーも同居していましたからね。
手嶋 その情報はただちにワシントンに上げられ、レーガン大統領の決断のもと、ソ連を追い詰める材料として使うことが確認された。現にその後、国連でこの内容を明らかにして、ソ連を追い詰めました。しかしこの情報は日本の財産なんです。それだけに、アメリカから「この惰報を公にする」と内報を受けたとき、官房長官だった後藤田さんは激怒した。日本は主権国家であり、情報の面でも主権国家であるべきだ。それなのに日本が得た情報を、さも自前の情報のようにして利用するとは何事か、というわけですね。 そこで後藤田さんは、リカバリーショットを打つために、アメリカが発表する30分前に自らこの情報を発表したのです。しかしこれは、「インテリジェンスを使って縦横な対ソ外交を繰り広げた」などという謳い文句とは程遠い実態ですよね。かろうじてメンツを守っただけに過ぎない。ところが、この話が後藤田さんが独自の情報をつかんでいたという神話のようにメディアでは取り上げられている。事件を取材しようとする者が登場したときに、日本が主体的な情報活動を行ったように見せかけるため、あらゆる関係者と口裏あわせをした。結局、取材する側はこの後藤田一流のディスインフォメーションに完全にやられているんです。それは後藤田さんの力量が勝っていたと言うべきなのかもしれませんが。
佐藤 一昨年、朝日新聞が自衛隊発足50年にあわせてインテリジェンスの特集を組んだ記事の第1回に後藤田さんのかなり長文のインタビューが掲載されています。恐らく後藤田さんが生前インテリジェンスについて統括的に語られた最後のインタビューだと思いますが、この中で後藤田哲学の一番の問題点が明らかになっています。ここで後藤田さんは、情報の収集は必要だ、ただし謀略はやってはいかんと言っているんです。しかしインテリジェンスの世界では、謀略を伴わないインテリジェンスはありません。「謀略」というと言葉の響きが悪いので、敵がやるものを「謀略」「情報操作」、われわれがやるものを「政策広報」と呼んだりしますが、やっていることは一緒なんです。
手嶋 まさに物は言いようで。
佐藤 結局は、自分の弱い部分をできるだけ見せず、自分の強い部分をできるだけ強く見せる、こういうやり方ですよね。もし謀略を否定して、積極的なオペレーションをしない情報機関を作ることになれば、情報収集のための情報収集をする機関になってしまう。しかしこれは、後藤田さんのバックグラウンドを考えるとよく分かるんですよ。後藤田さんはどちらかといえばハト派だと受け止められていましたが、あのメンタリティは内務宮僚そのもの、カウンター・インテリジェンス ( 防諜 ) のメンタリティなんです。本来なら、大韓航空機事件当時、日本が主導的にインテリジェンスをやったのでなければ、後知恵で事実と異なるストーリーを作ってはならないんですよ。ただ、黙っていればいいんです。
手嶋 黙っていればいいというのはその通り。あの時、ソ連の交信を傍受していたことを明らかにすることによって、直ちにソ連側は周波数を変更してしまった。新しい周波数を割り出すために、日本は3年から5年かかったと言われました。非常に大きなダメージとなったんです。
佐藤 日本にはインテリジェンスのプロと認知されている言論人には官僚出身が多いですが、みな内務官僚型ですね。
手嶋 そうなんです。 |