思えばこの作品には当初から数奇な運命がまとわりついていました。出版早々にストーリーに絡むいくつかの街の書店からは本がそっくりと姿を消し、ドイツの高級紙「フランクフルター・アルゲマイネ」によって特異な情報戦が仕かけられたりしました。それら一連の出来事には、インテリジェンス・ワールドの黒々とした意匠が影を落としていたようです。幸い『ウルトラ・ダラー』も、そして著者も、なんとか命ながらえて文庫化の日を迎えることができました。私たちを支えてくださったのは唯ひとつ、読者の皆さんの存在です。これからも読者の皆さんにのみ忠誠を誓いたく思います。よろしくご支援をお願い申し上げます。
文庫化にあたっては、佐藤優さんが、月産千枚という超多忙な日程をやりくりして長文の解説を執筆してくれました。戦後日本が生んだ唯一のインテリジェンス・オフィサーでなければ書けない「ラスプーチン流文庫解説」となっています。「佐藤ラスプーチンの文章を読むためハードカバーに加えて新潮文庫も買うことにした」という読者のお便りもいただきました。著者の私も、この解説に接して初めて「ああ、そういうことだったのか」と膝を打つ箇所がありました。『ウルトラ・ダラー』をなぜインテリジェンス小説と呼ぶのか。その理由が明晰な文章で綴られ余すところがありません。
これほどの解説が書かれている以上、著者からはなにも付け加えることなどないのですが、これも新潮社からの求めで「波」11月号に「インテリジェンスをめぐる迷宮」という文章を書きました。「手嶋龍一オフィシャルサイト」に収録しておきますので、あわせてお読みください。その最後に杳として姿をくらましてしまった主人公のスティーブンの消息をめぐって次のようなくだりがあります。「新潮文庫の出版を機に日本海側の街で姿を見かけたという目撃情報がある」。読者の皆さん、スティーブンの消息をご存知でしたら、ぜひともご一報ください。私もインテリジェンス世界のしきたりには少しく通じた者です。貴重な情報にはそれなりのインテリジェンスをもって報いさせていただきます。
手嶋龍一 |