手嶋龍一

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手嶋×阿部 「米大統領選を100倍楽しむ」トークイベント

3.勝負を決める2つのファクター

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阿部 さて、ここで一人飛び入りの方をご紹介します。米国シンクタンク、ハドソン研究所の上席研究員の磯村順二郎氏で、東京とワシントンを往復しながら安全保障の研究と助言をされています。

ヒラリー候補は初の女性大統領を、オバマ候補は初の黒人大統領を目指して接戦を繰り広げていますが、磯村さんは今回の選挙をどうご覧になっていますか。

磯村 今のところ、ヒラリー候補はジェンダー(女性)カードを、オバマ候補はジェネレーション(世代)カードを上手に使って闘っていると思います。最近はメディアが盛り上げるために人種問題を取り上げ始めましたが、民主党としてはレイス(人種)カードは使いたくないでしょう。

本選では、それぞれのキャラクターの濃さがアキレス腱になる可能性があります。ヒラリーかオバマの一方が勝ったときに、もう一方の支援者がそのまま民主党に投票するのか、という問題です。上手くやらないと共和党に有利な結果になってしまう。ワシントンでは、今度勝てなければ、民主党はもう十年以上も政権の座に就けないだろうとの見方が強いですから、まさに正念場。メディアの脚光とは裏腹にかなりきつい選挙戦のはずです。

手嶋 今のアメリカの政治状況は、一言で言い表せば、「ふたつのアメリカ」ということになります。 2000年の大統領選挙の州ごとの戦いを勝敗を見れば明らかです。さながら 2 つの国が共存しているのではないかと思えるほどです。民主、共和の両党にはっきりと二極化しています。ロッキー山脈から南部に広がる「レッド・ステイツ(共和党)」(赤は共和党カラー)と、ニューイングランドから東海岸一帯の都市部、それに西海岸沿いの「ブルー・ステイツ(民主党)」(青は民主党カラー)の真っ二つに分かれています。

この構図は 2004 年の選挙でもほとんど変わっていないのです。今回、民主党にかなりの風が吹いても、民主党が中西部の共和の地盤を席巻できるとは考えにくい。特にロッキー山脈沿いの一帯はキリスト教右派が強いネットワークを張り巡らせていて、熱心な共和党支持者が多い。バプティスト派教会の牧師だったマイク・ハッカビー候補の躍進は、まさにその証左と言えるでしょう。全米的には、イラク戦争の泥沼化によって逆風が共和党に吹いているものの、この政治バランスを大きく突き崩すのは容易なことではないはずです。

阿部 最近の世論調査を見ると、最大の関心がイラク戦争にあることは変わらないものの、経済を気にする割合がだんだん高まってきていて、サブプライムローン問題の余波として景気後退懸念が強まってきています。このまま手を拱いていれば、ハイリスクな証券化商品を大量に抱えるヘッジファンドが火を噴くのは明らかで、それが金融機関に与える影響は決して小さくないでしょう。最終的には公的資金の注入も避けられないといったシナリオもあります。

日本円にして十兆円単位の大掛かりな景気てこ入れ策を打つには財源が必要です。どこにあるか。アメリカ人にとって目先明らかなのは、イラク戦費の削減で捻出することでしょう。これには時間もかかります。当面は経済が悪化する状況で、各候補者はどんなカードを切ってくるのか。とくに民主党はウォール街への資金注入にアレルギーがありますから、有権者の支持を得るためにどんな政策を打ち出すかは注目に値します。

手嶋 阿部さんが指摘したように、今後の経済政策とイラク戦争の二つのファクターが「 2008 年の大統領」を決めると言っても過言ではないでしょう。ブッシュ共和党大統領が始めた戦争を誰が手仕舞いするのか。この点だけに限って見れば、民主党、それもオバマ候補にもっとも有利でしょう。ヒラリー候補はイラクへの武力行使に関する上院の決議案に最終的には賛成しています。このことは言い訳のできない事実です。一方のオバマ候補は当時まだイリノイ州議会議員で、決議に一票を投じる立場にはいませんでした。上院議員になってからも一貫してイラク戦争に批判的な立場を貫いている。「遅れてきた青年」のメリットを存分に活かしています。しかし、外の世界から見るほど、アメリカ国民は、イラクの戦いとテロとの戦いを峻別していませんので、ヒラリー候補も過去の投票歴だけで決定的なハンディキャップを負っているわけではありません。その投票歴のゆえに、軍部を含めた保守・中道票の一部を取り込んでいるからです。

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