手嶋龍一

手嶋龍一

手嶋龍一オフィシャルサイト HOME » 著作アーカイブ » 2008年

著作アーカイブ

「インテリジェンスの輪をつなぐ空の足」

空路と陸路の連携がビジネスフライトを活かす

手嶋龍一氏は、外交ジャーナリストとして、慶應義塾大学教授として、世界各地を、そして日本国内の各地を飛び回る日々を送っている。外交の最前線に身を置く人々との触れ合う機会が減ってしまえば、情報の鮮度はたちまち落ちてしまうという。インテリジェンス感覚に優れた若者を育てるためにも現場での交流は欠かせない。そんな貴重な時間を生み出すためにも、ビジネスフライトの“有効活用”は大切だという。

手嶋「僕の執筆場所は、ちょっとユニークなところにあるのですよ。あの名馬ディープインパクトを産んだ“ノーザンファーム”のなかに置かれています。希代のホースマン、吉田勝己さんは永年の親友。『ここは見晴らしが素晴らしい』といったら、彼が「じゃ、ここで原稿を書けばいい」と。ノーザンファームの隆盛は、新千歳空港から車で15分という好立地に助けられています。東京で渋滞に巻き込まれているくらいなら、羽田からあっという間に緑なす牧場に着いてしまう環境がいい。飛行機を使うことが多い僕にとっては、空港までの距離が重要なポイント。新千歳空港は実に使いでがあります。その点で、(東京都内からのアクセスに時間のかかる)成田空港はどうにかしてほしいなあ。日本に来る海外の友人たちも悲鳴をあげています」

新千歳空港に近い競走馬の牧場ノーザンファームに執筆スペースを構えることで、原稿執筆活動とリフレッシュを同時にやってのけている手嶋氏。限りある時間を有効に使うためには、空路を最大限に活かせる立地を優先させているという。手嶋氏にとってのビジネスフライト術は、まず空路を中心に組み立てられているらしい。

インテリジェンスが形成する快適なフライト

“インテリジェンス”とは、極秘情報を意味するだけでなく、組織のトップの意思決定に役立つものでなければ、と説く手嶋氏。とりわけ、我々の日々の暮らしを危機から守るためにも、インテリジェンス感覚を研ぎ澄ますことが必要という。安全保障の専門家から見た快適なフライトとはいかなるものなのだろうか。

手嶋「空の旅の安全を考えるとき、航空会社にすべてを頼るのではなく、空港を取り巻く地域社会や空の利用者まで含めた相互の連携が大切です。特に近年は、利便性が多少犠牲になっても、まず安全をというコンセンサスができていると思います。我々空の利用者も安全保障にはさらに関心を持つべきでしょう。警備が厳重になれば乗客の手間も増えますが、安全は結局私たちのためなのですから。自分の安全はまず自分で守らなければなりません。空港や機内の警備には積極的に協力するべきです。

いかなる安全保障も『これで完璧』ということはない。快適で安全なフライトを守るためには、利用者一人一人が存分にインテリジェンス感覚を研ぎ澄ますことが求められています」

安全とは誰かに与えられるものではなく、自分自身で勝ち取るものだと語る手嶋氏。各自の高い意識が、インテリジェンス感覚を育み、それによって日々の安全な生活は守られるのだという。

手嶋「僕のようなジャーナリストにとって人脈こそ大切の財産です。そして人脈は空の旅先での偶然の出会いから得られこともあるのです。だからフライトは単なる移動手段ではない。フライトは、実りある、豊かな人脈、そして貴重なインテリジェンスを乗せているのです。ですから、ANAにはこれからも快適なフライト環境を保ち続けてほしいと思っています」

旺盛な行動力が新たな発見を生む

国内線の正確な運航を高く評価しているという手嶋氏。一方で、経済大国日本の競争を殺いでしまうとして空港へのアクセスを見直してほしいと訴える。

手嶋「海外に永く暮らしたものの視点からいえば、国内線のフライトは運航が実に正確で素晴らしい。アメリカでは30分や1時間の遅れは当たり前。それが日本では10分遅れただけで謝罪のアナウンスが流れる。ANAは東京・ワシントン便を運航していますから、NHK時代からご縁が深いのです。時間どおりに目的地に運んでくれますので、安心して取材スケジュールが立てられます。

でも問題も抱えています。成田空港までのアクセスの悪さです。首都空港の交通アクセスでは世界でワースト1位。距離だけで言えば、ワシントンDCのダレス空港は50kmとかなりの距離なのですが、アクセス道路は渋滞しないように設計されていますから、時間の計算がたちやすい。せっかくANAの運航時間が正確であっても、空港までの陸路に何があれば、予定に狂いが出てしまいます。

これは単に利便性の問題にとどまりません。成田空港が、アジアのハブ空港としての機能を果たせないと、激しい競争に遅れをとってしまいます。この問題は運輸当局だけに押し付けておかず、日本自体の課題として改善すべきでしょう」

日本の競争力を維持するためにも、空港へのアクセスを強化するべきだと熱く語る手嶋氏。さらに当日のインタビューでは、ギャンブラーとしてのもうひとつの顔を垣間見せてくれた。

手嶋「小さな空港には旅の思い出が詰まっています。かつてモンローの映画の舞台ともなったネバダ州リノの空港もそのひとつ。リノは開拓時代から賭博の町として知られていました。だから空港にもスロットマシンがあるのです。そこを発つときのこと、僕のポケットにはカジノで使いきれなかったケネディ・コインが残っていました。『離陸前にコインを使い切らせて』と掛け合い、5分の時間をもらったのです。ところが、折悪しく、いや運よく、大当たり。コインがあふれかえり、大騒動となりました。見ず知らずの旅人にコインをかき出してもらい、僕はバケツを探して長いロビーを全力疾走。僕の大勝でサンフランシスコ行きの便は出発が遅れてしまったのですが、乗客は満場の拍手でウィナーの僕を讃えてくれました。本当なら怒られても仕方がないのですが、アメリカ人はおおらかで親切だなあと感動しました。超大国の余裕なのでしょうか。アメリカ人は世界の親切大会では上位で入賞すると思います。

また僕はプライベートな旅でも飛行機をよく使うのですが、旅先での思わぬ出会いがその後のわが人生をどれほど豊かにしてくれたことか。世界には実にさまざまな人が日々の暮らしを営んでいます。これを実感するには、やはり直接会ってみなければ。メールなどの通信手段は確かに便利なのですが、人の肌の温もりまでは伝えられません。その地を訪れてこそ、とつくづく思います」

多忙な日々を過ごしながら、個人の旅も大切にする手嶋氏。その行動力があるからこそ、新鮮な出会いがあるのだろう。「書を捨てて町に出よう」。見る前に飛べ!いつも自分にそう言い聞かせているという。

手嶋氏「ジャマイカで知り合った旧ユーゴスラビアの核物理学者から、『人脈を充実させるためにはバカンスにと諭されたと言う。見知らぬ土地への旅こそ“人脈の核爆発”をもたらす』と言われたことがあります。意外な出会いがきっかけとなって、新たな出会いを生むという意味なのでしょう。まだ見ぬ友と出会えるように、これからも時間を見つけて旅に出ようと自分に言い聞かせています」

閉じる

ページの先頭に戻る