手嶋龍一

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グリーン・ニューディール政策がアメリカ経済、世界経済を救う決め手となるか?

証券ルネサンス(読売)巻頭インタビュー 世界経済の行方

米国発の金融危機が世界経済に陰を落とすなか、経済を立て直すべく、大きな期待を寄せられているのが、2009年1月に大統領に就任するバラク・オバマ氏率いる新政権です。
今後の世界経済や株式市場の行方に、多大な影響を与えるオバマ政権は、どんな政策を打ち出そうとしているのか。
それにより世界経済はどう動いていくのか、外交ジャーナリストの手嶋龍一氏にお話を伺いました。


「民主党政権だから労働者寄り」といった定型的見方は通用しない

1929年の世界大恐慌に匹敵するとも言われている金融危機という非常事態のなか、2009年、米国初のアフリカ系黒人大統領バラク・オバマ氏が就任します(図表1)。オバマ政権が講ずる経済対策の如何により、米国はもとより、日本を含めた世界全体が左右されると言っても過言ではありません。

米国新政権の政策を占ううえで、これまでは共和党か民主党かが重要視されていました。今回、ブッシュ共和党政権からオバマ民主党政権に変わったわけですが、民主党政権になると労働者寄りの政策で、やや中国寄りの外交政策になるのではないかといった分析がこれまでは行われてきました。

しかし政党別による過去の政策パターンから今度の政権の政策を予測することは、あまり意味をなさないと思います。平時であればこのような分析は役に立ちますが、100年に一度といわれている未曾有の危機に対処しなければならない非常時政権ゆえ、過去の尺度を用いて政策を予測することは困難です。

そして何よりこれまでとはまったく違った大統領であることも考慮しなければなりません。米国初の黒人大統領であることはもちろん、47歳という若き青年政治家は、従来の大統領とは違うスケール感を持った人物です。オバマ氏とは何度かお会いしたこともありますが、非常に聡明な人物だと強く感じました。

大統領選勝利演説の際にも、にこやかな表情で勝利の喜びをかみ締めながらも、まったく浮ついた感じはなく、むしろ難局を任されたその責務の重さをひしひしと感じている様子がうかがえました。その様子を見た時、私はあらためて彼の政治家としての資質の高さを感じました。

“Yes we can”を連呼したオバマ氏 経済政策で自由・平等を実現できるか?

米国を米国たらしめている所以は、二つの自由・平等が保証されていることにあります。ひとつは、政治的な自由・平等。1776年の独立宣言、1863年の奴隷解放宣言をもとに、米国には民主主義の原理が脈々の受け継がれています。アフリカ系黒人のオバマ氏が大統領になったということで、政治的自由・平等が米国に今もしっかりと息づいていることを、オバマ氏自らの力によって国民の前で証明してみせました。オバマ氏が大統領壱選の勝利演説で「Yes we can(私たちにはできる)」を連呼したように、彼が大統領になったこと自体が、米国の民主主義が機能していることを実現してみせたのです。

ただ問題はもうひとつ、経済的な意味での自由・平等を実現できるかです。機会の平等が約束された新大陸米国には、今も経済的成功=アメリカン・ドリームを求めて、多くの移民が暮らしています。しかし、サブプライムローン問題に端を発した金融危機により、経済システムが崩壊しかねない危機に瀕しています。多くの米国国民にアメリカン・ドリームを見せてくれる経済システムの立て直しを、オバマ氏が本当に「Yes we can」できるのか。黒人大統領として政治的自由・平等が実現できたとしても、経済政策で失敗すれば、オバマ政権の命取りになりかねません。そのぐらいオバマ政権の経済政策は注目を集めているのです。

環境、クリーンエネルギーなど、新産業創出が経済対策の目玉に

今回の金融危機は1929年の世界恐慌とよく比較されます。当時、フーバー共和党政権からルーズベルト民主党政権に移行し、公共事業や大規模雇用を掲げたニューディール政策が打ち出されましたが、確かにそれと似ている面があります。オバマ氏は、金融危機を克服するための柱として、グリーン・ニューディール政策を掲げています(図表2)。

大統領選の政権公約として掲げていたグリーン・ニューディール政策とは、クリーンエネルギーなどの環境・エネルギー分野に今後10年間で1500億ドルの投資を行うことで、500万人にのぼる新しい雇用(グリーン・ジョブ)を創出しようというものです。

クリーンエネルギーに積極投資することは、化石燃料に依存する経済体制の大きな転換につながり、安全保障面での政策にも良い影響を与えるでしょう。グリーン・ニューディール政策は、単に金融危機への対策だけでなく、エネルギー危機や環境危機をも解決できる可能性を秘めた、まったく新しい政策なのです。

ブルーカラーやレッドカラーではなく、“グリーンカラー”に投資する

経済政策として注目されるのは、雇用対策と企業救済です。雇用対策については、従来の尺度で考えると、民主党はブルーカラー(現場労働者)を、共和党はレッドカラー(経営者層)やホワイトカラー(事務系労働者)への対策を重点的に行ってきました。しかし従来型の雇用支援策では、今回の金融危機に端を発する景気後退を克服するのは難しいと言えます。そこでオバマ政権は、レッドでもホワイトでもブルーでもない、グリーンカラーに資金を投じることで、新たな仕事を創出しようと考えています(図表3)。

企業救済策についてオバマ政権がどう対処するのか大きな試金石となるのが、自動車大手のGM(ゼネラル・モーターズ)、フォード、クライスラーのビッグ3の問題でしょう。従来のように、経営陣の責任を問うことなく支援に踏み切れば批判が出るでしょうし、かといってブルーカラーのみの支援策では、一時しのぎで次につながらない可能性があります。そこでオバマ政権では、たとえばエコカーの開発のためになら財政資金を投じ、新たな産業の育成および雇用確保を図るといった政策を打ち出すと考えられます。これがまさにグリーン・ニューディール政策です。

ブルーカラー民主党をいかにグリーンに染め上げていくのか、オバマ政権の腕の見せ所です。

オバマ氏は“MAC時代”の申し子 米国経済の新たなエンジンをつくる

グリーン・ニューディール政策は、クリントン政権時代のIT産業と同様の位置付けと考えられるでしょう。ITは今でこそ当たり前のツールとなりましたが、10数年前までは極めて物珍しいものでした。1994年、私がボストンにいた際、はじめてEメールが使えるようになりましたが、それを見た日本人はとても驚いていました。これまでにまったくなかったITという産業を育成することで、新たな雇用や富を創造することができたのです。

大統領候補選で敗れたヒラリー・クリントン氏が、核による恐怖の均衡が支配していたMAD(相互確証破壊)時代の申し子と呼ばれているのに対して、オバマ氏はインターネットで結ばれたMAC(相互確証接合)時代の申し子と言われています。ITなど新しいテクノロジーに慣れ親しんだ世代として、旧来型のモノづくりによる米国経済の復活は考えていないと思います。

米国のクリスマス商戦を見渡しても、店でメイド・イン・USAの製品はほとんどないというのが現状です。中国やインドといった新興国とバッティングするようなモノづくり産業を今から育成しても敵わないことは、オバマ氏は十分認識しているはずです。クリーンエネルギー産業など新興国と競合しない分野を、米国経済を牽引する新たな駆動力として考えるオバマ政権の経済政策は、未曾有の金融危機による景気後退を脱する大きな特効薬になる可能性を秘めていると思います。

金融サミットはドルの終わりの始まり

米国の金融危機は世界経済にも深刻な影響を与え始めています。そこで11月に、主要20カ国・地域が集まり金融サミット「G20」が行われました。当面の対応策を議論したサミットだったわけですが、私は後にこのG20サミットは、「ドルの終わりの始まりだった」と評価されると思います。

フランスのサルコジ大統領がドルを「もはや唯一の基軸通貨ではない」と発言したことや、イギリスのブラウン首相が「ニュー・ブレトンウッズ体制」と評したように、ドルの基軸通貨としての存在感は薄れつつあります。

しかし問題があります。1945年にブレトンウッズ体制が発足し、世界の基軸通貨がポンドからドルに変わりましたが、今回、ドルに変わる基軸通貨候補がないのです。一番の後継と目されていたユーロも、今回の金融危機で傷つき、基軸通貨になれそうもありません。かといって中国人民元や日本円にその力があるとはなかなか思えません。ドルの後継がいないため、G20では基軸通貨としてのドルを守る方向で決着しましたが、オバマ氏の頭の片隅には、ドルが基軸通貨ではなくなる日が来るのを考えて、様々な政策を検討していると思います。

カーボン通貨が世界共通の基軸通貨になる

ドルでもユーロでもない世界基軸通貨になりえるものとして、今、注目されているのがカーボン通貨です。各個人に温室効果ガス排出量(カーボン)通貨が割り当てられ、製品を買うごとにその製品の温室効果ガス排出量分が減っていく仕組みです。割り当てられたカーボン通貨以上に排出量の多い製品を買った人は、その分のカーボン通貨を新たに買わなければいけなくなります。

環境に配慮するインセンティブ的なシステムで、導入当初は単独では使うことができず、現在流通している通貨の補助的役割になると思いますが、いずれドルに変わる基軸通貨になる可能性も秘めています。温室効果ガス排出量が新たな信用創造の源泉となり、世界共通通貨として流通する日がそう遠くない未来に実現するかもしれません。

こうしたことも踏まえたうえで、オバマ政権はグリーン・ニューディール政策を打ち出していると思います。従来の米国型グリーディー・キャピタリズム(強欲な資本主義)からグリーン・キャピタリズム(緑の資本主義)への転換を、オバマ氏は進めようとしているのです。

オバマ氏は単に米国の大統領なのではなく、私たち地球市民の大統領ではないだろうか――。私は彼に大きな期待を寄せています。

一国主義から国際協調主義への転換

オバマ政権誕生は、経済だけでなく外交においても大きな転換が起きます。ブッシュ共和党政権の一国主義から国際協調主義へとシフトするでしょう。米国の政策転換により、国際秩序は新たなグローバル・パワーゲームの時代に入ったと言えます。

日本にとってオバマ政権の誕生は、国際社会での発言力を増すチャンスです。日本は米国や欧州に比べて経済はそれほど痛んでおらず、存在感を示す絶好の機会です。

ただ残念ながら今の日本には、新しい国際秩序をつくる側に参画していこうという意志も能力もないのが現状です。日本の外交力低下は、日米同盟が原因のひとつです。

日米同盟のおかげで日本は軍事費を軽減することができ、経済に集中することができたので、経済大国になれました。その一方で、米国の核の傘に隠れていればよかったために、日本自らが国際秩序をつくりだす志をなくなってしまったのです。そのため、現在の日本の政治家は、国際安全保障政策をデザインしていける能力のある人は少なく、小さな利害調整に優れた人ばかりが、まるで家業のように政治家を代々続けています。

国際社会で日本の存在感をアピールしていくことが大事

オバマ政権は、日本を東アジアの安全保障政策においては要となる存在として、重要視することには間違いありません。ただ世界全体の新たな社会の枠組みをつくっていくうえでの提案者としては、ほとんど期待を寄せていないと考えられます。米国一国主義の時代が終わり、コンサート(国際協調)の時代に入った今、日本にもコンサートで指揮をとれるチャンスもあります。そのためには米国の庇護に隠れて何も発言してこなかったこれまでのスタイルを変えて、積極的に国際社会に向けて日本の考えを発信していくべきだと思います。

グローバル・スタンダートとは強者の論理です。力がなければ、自らルールをつくった論理を周囲に押し付けていることはできません。日本も時代の大きな転換期に、ルールを押し付けられる側ではなく、ルールをつくる側に回るべきではないでしょうか。

日本には相当な底力があります。世界経済がグリーン・ニューディールやカーボン通貨といった環境主体の経済に移行している今こそ、環境分野での日本のリーダーシップを発揮していくことが、ゆくゆくは自国の国益や経済の活性化につながっていくのではないかと思います。

資本主義経済の仕組みが大きな転換期に差し掛かっています。個人投資家のみなさんもこうした世界経済の大きな流れを見ながら、投資を考えていくとよいと思います。

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