手嶋龍一

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「スペシャル対談:2012年、世界の鍵を握るのは誰か?」(GQJapan2月号)

2012年、世界の鍵を握るのは誰か?

手嶋 2012年は「天下大動乱の年」と言われていました。主要国の指導者が軒並み変わる年だからです。しかし、新しい年を待たずに、動乱の幕は11年に早くもあがってしまった。まずチュニジアで勃発した「ジャスミン革命」は、中東の大国・エジプトに飛び火し、ムバラク体制を崩壊させました。そしてリビアのカダフィ独裁体制を転覆させ、アラブ強硬派のシリアも揺さぶっています。さらにはアラブ産油国の雄、サウジアラビアの王制まで奥深いところで動揺させています。さらに、地中海をまたいで今度はギリシャがヨーロッパ経済危機の呼び水となり、イタリアやスペイン、ポルトガルなどに飛び火しようとしています。日本にとっては、第1次世界大戦で特務艦隊を送って以来、地中海に久々に熱い視線を送らざるをえない状況になっています。

佐藤 いま目の前で起きているのは、帝国主義的な、正確に言えば広域帝国主義的な力の再編なのです。それがあちこちで火を噴いている。その渦中にある世界で、12年最も鍵を握る人物は誰だと問われたら、私は真っ先に野田佳彦の名を挙げます。本人にそういう自覚があるのか、うまくやれるのかは別ですが。

手嶋 なるほど。いきなり、“佐藤ラスプーチン”流の意外な見立てですね。

佐藤 例えば、野田さんがあのTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の協議に参加するという声明を出しただけで、世界には大きな地殻変動が起きました。そのことを一番分かってないのは、ほかならぬ日本人です。どうして分からないのかを分かってもらうために、まずギリシャからお話ししましょう。結論を言えば、ギリシャ問題は、「東西冷戦の遅れすぎた処理」だと、私は思っています。そもそも、なぜあの国は「西側の一員」になったのか。

手嶋 ヨーロッパの柔らかい脇腹であるギリシャ問題を読み解くうえで、まさに核心です。第2次大戦末期の1944年、イギリスの首相だったチャーチルが、当時のソ連書記長・スターリンのもとを訪れました。そこで、英国はギリシャの優先権を確保し、一方のルーマニアはソ連に優先権を認めることで合意。後の東西両陣営の境界が初めて引かれることになりました。ギリシャは後に「鉄のカーテン」と呼ばれる境界線のこちら側にかろうじて留まることになったのでした。

佐藤 今の話を頭に入れてもらっておいて、ギリシャの歴史を遡ってみます。ヨーロッパという地域は、3つの原理によって構成されています。ユダヤ、キリスト教の一神教の伝統、ギリシャ古典哲学の伝統、そしてローマ法の伝統です。ヨーロッパというのは、これらの原理が支配した西ローマ帝国の後裔なんですね。それに対して、ギリシャのルーツは東ローマ帝国。そこには1番目と2番目はあるのだけれど、ローマ法の伝統がありません。「合意は拘束する」といった原則はローマ法の約束事で、それが近代法の原点になりました。しかし、ギリシャではこれが通用しない。ギリシャの古典劇には、「約束はしたが、心は違う」というような台詞が、よく出てきます(笑)。

手嶋 税金逃れをしたり、契約を軽論じたりといったギリシャの国民性には、それなりの歴史的背景がちゃんとあるのです。

佐藤 もう一点、今のギリシャを建国したのは、地中海沿岸のロシア帝国の中に住んでいたキリスト教徒たちなのです。むしろロシアとの結びつきが強くて、西欧とはものの考え方が違う。にもかかわらず、東西冷戦構造の中で、戦略的に西側に組み込まざるを得なかったわけですよ。さらにEUにも入れた。

手嶋 共通通貨ユーロの導入に向けた流れが固まりつつあった頃、僕はドイツの暫定首都ボンに特派員として滞在していました。ユーロ導入に主導的な役割を果たした独仏両国はあの時、なんとしてもギリシャを通貨同盟に加えようと必死でした。

佐藤 だから彼らの発想はこうなります。「俺たちは違う文化圏だけど、入ってやっているんだ。お前らが養うのは当たり前だろう」。この感覚は、一朝一夕には変わらない。まあ、NATO(北大西洋条約機構)もEUも、そんなところまで組み入れる必要はなかったんです。ちょっと東に伸びすぎちゃった。

手嶋 冷戦が終結した後の高揚感からでしょうか。西ヨーロッパは確かに“身の丈”を越えてしまったのでしょう。EUの経済圏は、その理念も実態も、実力を超えたところまで膨らませてしまった。

佐藤 歴史の変動期には、往々にして「行き過ぎ」が起こるんですよ。ロシアは北方領土まで来ないで、樺太あたりで止まっておけばよかった。アメリカは沖縄を取るべきではなかったのです。やりすぎなければ、後々面倒な問題を抱えることもなかった。話を戻すと、今ヨーロッパでは行き過ぎの「調整」が始まっているように思います。いかにして、ヨーロッパのコアの部分を守るのか。その過程で、すでに様々な動きが表面化しています。一つは露骨な「排外主義」。そんな空気を背景に昨年発生したのが、ノルウェーの銃乱射事件です。

手嶋 ロシアと旧東ドイツでも、ネオナチの動きが活発となっています。

佐藤 もう一つ、事実上の「為替ダンピング」も指摘しておかなければなりません。これ、帝国主義の絵に描いたような図式なんですね。

手嶋 読者のためにいま少し噛み砕いて、池上彰さん風に説明していただけますか(笑)。

佐藤 帝国主義の本質は、搾取と収奪です。ユーロを安くすれば輸出に有利で、それだけ域外から「収奪」できる。日本は3・11の大量破壊があったのに、なんで円が強くなるんですか。アメリカによるドルのダンピング、ユーロのダンピングが原因ですよ。

手嶋 まさに、その通りですね。

佐藤 といった状況をみると、ヨーロッパでは、広域帝国主義的な再編の土壌ができたように感じます。あとはEUの「エリートクラブ」で、どんなコンセンサスを形成していくのか、という段階に入っているのではないでしょうか。

手嶋 視線を徐々に我々の足元に向けましょう。実はTPPも、佐藤さん流の「欧州広域帝国主義の再編」という視点で読み解くと、すっきりとした構図が見えてきます。自民党のように、かつてのウルグアイラウンド自由化交渉の延長線上で捉えては大きな間違いを冒してしまいます。

佐藤 自民党は、今回のTPP論議で「終わった」感がありますね。

手嶋 政権に復帰する意思なし、と僕はみます。それはひとまず置くとして、TPPの本質は何かを考えてみましょう。安全保障と表裏一体の「同盟」という視点が欠かせません。PTTの「盟主」たるアメリカが、世界経済の推進エンジンである環太平洋を囲い取り、ここに安全保障の重点を置いて特化していこうとしています。

佐藤 そう。「日米豪」枢軸の同盟です。日本は当初、「二股戦略」を掲げていたわけですよ。新興帝国主義国である中国と組む「東アジア共同体」と、日米同盟の深化という。でも、中国が航空母艦を建造し、露骨な海洋覇権に乗り出した時点で、前者の選択肢は消えました。

手嶋 どう考えても、日本が「TPPに参加しない選択肢などないのです。不参加なら日米同盟からも離脱せざるをえないでしょう。

佐藤 さて、そこで我らが野田総理です。もしかすると、さっきお話ししたヨーロッパの経済危機が、アメリカや東南アジアを経由してわが国にも襲いかかってくるかもしれないというタイミングで、突如「TPP協議への参加」を表明しました。繰り返しで恐縮ですけど、本人がどれだけ自覚的だったかどうかは別にして、恐ろしく「分かっている」わけ。

手嶋 そんなに高度な戦略があるとは、僕には到底思えないなあ(笑)。

佐藤 少なくとも、「外」からはそう見えるのです。ロシアの反応はあとで申し上げるとして、中国はうろたえました。象徴的だったのが、11年11月13日に胡錦濤主席がハワイで行った講演。彼は「TPPを含めて、自由貿易のいろんなメカニズムがあっていい」と述べました。真意は何かというと、複数の枠組みにアジア太平洋地域の国々を巻き込むことで、TPPが機能しないようにすることです。

手嶋 中国は、「ASEAN +6(日・中・韓・印・豪・NZ)」や、「+3(日・中・韓)」の経済連携を志向しています。

佐藤 自由貿易の推進を建前に、TPPとそれらを「融合」することで、「環太平洋」の連携を相対的に無力化する――。日本のTPP参加表明で、中国はそんなことを考えざるを得ないところまで、追い込まれたわけです。ただ危険なのは、万が一そんな中国の思惑に乗れば、1921年のワシントン会議の再来になること。日米安全保障条約の発展的解消だとか、「4カ国条約」さながら、日本が丸裸にされる可能性があります。

手嶋 「TPPは『日米豪』枢軸の同盟なり」という佐藤さんの見立ては鋭いなあ。2012年、環太平洋地域で最重要国は、オーストラリアだと僕も見ています。豪州の北部海岸線にあるダーウィン空軍基地に、米軍が初めて海兵隊を常駐させることになったのもその証左です。

佐藤 中国の、理由も目的もはっきりしない海洋戦略が、オーストラリアの軍事大国化を誘発しているのですね。

手嶋 私がなぜオーストラリアなのか。そこにはアメリカの新しい「太平洋戦略」が投影されているからです。外交専門誌『フォーリンポリシー』に、ヒラリー・クリントンが「アメリカの太平洋の世紀」という論文を発表しました。その中で、「これからの主戦場は太平洋だ」と、明確に述べています。「ブッシュの戦争」だったアフガン、イラクの両戦役に外交上、経済上の持てる全ての力を注ぎ込み、東アジアに巨大な空白を造ってしまった。いまこそアメリカは東アジアに回帰する――と。

佐藤 アメリカが相対的に弱体化したことを自覚し、世界戦略の再編に乗り出しているわけです。その柱がオレンジプランへの回帰。

手嶋 かつて帝国海軍との太平洋決戦を想定して策定されたオレンジプランが「島から島へ」の戦略だったように、この地域を押さえるために、明確な拠点を設けて戦略を構築している。重要な碁石はニッポンに打たれていると思ってはいけません。最大の拠り所は日米同盟だと断じるわけにはいかない。普天間の移転に躓いた日本側は少なくともそう心得ておくべきでしょう。

佐藤 アメリカは、すべてを現実的に考えますからね。目の前の約束をどれくらい実行できるのか。潜在的な可能性が、あとどれくらいあるのか。そう考えた時、オーストラリアというのは、圧倒的に可能性がある。

手嶋 沖縄の現状を見ると、海兵隊の辺野古移転はあきらめかけている。おそらくグアムに主力を移し、あとは周辺の米軍基地に分散でしょう。直接オーストラリアに移駐するわけではありませんが、彼の地に重要拠点をつくる。つまり、「新オレンジプラン」では日本列島はバイパスされる怖れがある。オーストラリア問題の考察を通じて、日米同盟の現状にもっと危機感を抱くべきでしょう。

佐藤 同感です。

手嶋 EU、中国、アメリカを盟主とする環太平洋同盟、世界には、もう一つ忘れてはならないプレーヤー、ロシアがいます。しかし、日本国内ではなぜかあまり論じられない。ここは、佐藤さんの出番です。ロシアはいま、いかなる戦略を廻らしているのでしょう。

佐藤 野田さんがTPPに踏み込んだことに、プーチンはびっくりしたんですね。「日本もいよいよ本気になったか。我々も考えなければいけない」と。ちなみに及び腰だったカナダやメキシコも、日本が態度表明したことで、ならばと、TPPの協議に乗ってきました。

手嶋 確かに世界は動きだした。

佐藤 ロシアのインテリジェンスは、今の内閣を「帝国主義的政権」だと評価しています。たとえば、「脱原発」を打ち出したドイツの周辺国で、今原発の新設が進んでいます。そのうち、ラトビアの発電所を受注したのは、日立製作所でした。でも、国内では建設をストップしているのに「欲しければどうぞ」と輸出するというのは、露骨な二重基準。イギリスが自国内で規制したアヘンを中国で売りさばいたのと、同じ論理です。あるいは、JBIC(国際協力銀行)の資金を何兆円もつけて、民間企業に海外のガス田の権益などを買わせる。「円高を利用した資源帝国主義にほかならない」と、彼らは言います。「日本政府は、いつからこんな胆力を身に付けたのだ」と(笑)。TPPに関しては、ロシアはさすがに正確な理解をしています。日本が参加すれば、それは日米同盟の深化そのものだと。

手嶋 そのTPPと、ロシアはどんなスタンスで対峙するつもりなのでしょう。

佐藤 まず、自分たちがユーラシアゾーンをつくる。10年1月からロシア、ベラルーシ、カザフスタン3国間の関税を撤廃していますが、さらにキルギスとタジキスタンを加えて、同盟を拡大します。そのうえで、アメリカの広域帝国主義に日本が協力し協調体制が構築されるのであれば、それを準同盟とみなして協力しよう、という発想なんですよ。そのバランス・オブ・パワーによって、中国を牽制するというのが、彼らの考えです。

手嶋 ロシアにとっても、中国が「仮想敵」。

佐藤 バイカル湖以東に住むロシア人が700万人に対して、国境を接する中国東北部には1億3000万人が暮らします。例えば、これが労働力として流入したらたまらないという、人口圧力に対する脅威が常にあります。プーチンという指導者の出自も無関係ではないでしょう。70年代にKGBアカデミーで教育を受けた時に、一般の人は知らない中国に関する様々な情報に接したりして、対中警戒論が骨の髄まで染みわたっているのです。

手嶋 では、まとめも兼ねて12年を予見してみましょう。アメリカの大統領選挙の帰趨は、世界にどれくらいのインパクトを与えるとお考えですか。

佐藤 いや、アメリカ大統領選挙については、予測する意味が今はあまりないと思うのです。アジア太平洋戦略に関しては、オバマ民主党が政権を維持しても共和党にチェンジしても、基本的に大きくは変わらないのでは。率直に言って、オバマの政権運営は白黒はっきりさせるという共和党的なものでしょう。

手嶋 そう言っていいと思います。

佐藤 それから中国も、すでに硬直した路線を固めてしまっていますから、胡錦濤から習近平への連続性は、かなり高いと見ていい。

手嶋 中国に関して言えば、頼みの綱のASEAN +6は、TPPに比べるとかなり後れをとっています。

佐藤 だと思います。そういうふうに、中国包囲網が徐々に構築されつつあることを感じ取った北朝鮮は、今ロシアに接近しようとしていますね。さらに彼らは、リビアの事態で核を手放した瞬間にカダフィの二の舞だという教訓を得ました。だから死んでも核を手放さず、「不拡散」カードでゲームを仕掛けてくるでしょう。ちょっと面倒なのが韓国です。

手嶋 李明博大統領の任期が切れ、再選はありません。

佐藤 誰がなったとしても、日韓関係が今より厳しくなるのは避けられないでしょう。またぞろ、従軍慰安婦だとか竹島だとかの問題が表に出てくる可能性があります。左派的な流れが加速すれば、アメリカとの関係もギクシャクせざるを得ない。ただそうなると、韓国はこの広域帝国主義ゲームのプレーヤーからは、こぼれ落ちることになるんですけど。

手嶋 そんな国際環境で、日本は、痩せても枯れても世界第3の経済大国です。地政学的にも世界経済の推進エンジンたる東アジアの中枢に位置するキープレーヤーです。12年、こうすれば蘇るという佐藤流の秘策は?

佐藤 民主党政権に望みたいのは、「乾いた外交」です。自民党政権時代の保守派のおかしさは、日米軍事同盟を支持する人間が、ほぼ例外なく南京大虐殺はなかった、従軍慰安婦に強制性はなかったんだなどと、変な話をパッケージにして語っていたことです。

手嶋 東京裁判を一貫して否定する。

佐藤 正直、アメリカはいやいや付き合っていたんですよ。そういう変な歴史認識を切り離したうえで、日米同盟の深化ということを、自分の頭で考えて欲しいですね。

手嶋 そうなら、野田総理は本当のキーパーソンになれるでしょう。

佐藤 そうです。今年鍵を握るのは、1位野田佳彦、2位が李明博。彼には、「辞めていく者の強さ」を、ぜひ発揮してもらいたい。そして3位がプーチンでしょうね。それ以外のところは、誰がやっても変わらないような仕組みが、すでにできていますから。

手嶋 この3人がどう舵取りをするかで、世界の風景はずいぶん変わるということですね。

佐藤 ただし、最後に指摘しておかなくてはならないのが、イランの動向です。ここが跳ね上がってイスラエルとドンパチ始まるようなことがあったら、お話ししたシナリオは、初めから書き直さなくてはならないでしょう。

手嶋 イラン・ファクターなしに新しい年の行方は読めないでしょう。



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