手嶋龍一

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東海道新幹線開業50周年記念インタビュー

 僕にとって東海道新幹線は通勤列車といっていい身近な存在です。品川から京都までの二時間一四分間。本を読んだり、音楽を聴いたり、松平定知さん朗読の『蝉しぐれ』を聴いたりしています。静寂のうちに過ごせる新幹線こそ僕にとってサンクチュアリです。

 つい先日、いつものように3分前に京都駅の新幹線ホームに着くと、グリーン車の停車位置には祇園の芸舞妓の姿がありました。炎天下、きりりと着物を着こなし、汗ひとつかいていない。僕より一つ遅い列車に乗るのにすでに全員が勢揃いしていました。古風な一団こそ時間に正確なんだなあと祇園の底力を垣間見た思いでした。

 その目撃談をケンブリッジ大学の文化人類学者に話すといたく興味を示していました。古都に暮らす人たちがいかに時を大切にしているか、新幹線もそれに応えて定刻にぴたりと到着する。時間学者である彼女にとって、寺の鐘の音で暮らしてきた江戸の人々と時刻表通りの新幹線はまっすぐに結ばれている存在なのだという。新幹線が心休まる書斎であるのは、五〇六・八㌔の距離を世界一の正確さで結ぶ定時運行のゆえなのです。

 東海道新幹線は、旧満州の荒野を駆け抜けた南満州鉄道の「特急あじあ」が一つの原型だといわれます。戦後日本がこうした技術を継承して更なる飛躍を遂げたのは、1964年の東京オリンピックの年でした。従来の技術の蓄積を跳躍台として新幹線を世に送り出したのです。以来、日本の大動脈として産業の発展を牽引してきました。そしていま、リニアで新らたな未来を切り拓こうとしています。その挑戦を可能にしたのが、列車を正確に安全に運行したいと願う人々の情熱にほかなりません。

 時計のような新幹線の正確さこそ、京都と東京の二都市を往き来して暮らす僕のライフスタイルを成り立たせています。僕にとって古都・京都はあの世、メガロポリス東京はこの世。異なる二都をつなぐ新幹線こそタイムトンネルのような存在なのです。

 今後、リニアの登場によって、踏襲すべき経験もあれば、改革すべき課題もあるでしょう。伝統は常に革新の上にこそ大輪の花を咲かせます。世界に冠たる日本の鉄道技術が、よき遺伝子を新たな環境に適応させて進化を遂げ、新たな血を取り入れて未来に継承されていくことを期待しています。

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