手嶋龍一

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世界に広がる江戸の粋

 東おどりを毎年欠かさずに観るという外国人は意外なほど多い。初夏の新橋演舞場に繰り広げられる江戸の粋と艶は、日本に暮らす人々の気分をぱっと明るくしてくれるからだろう。わがインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』(新潮文庫)の主人公スティーブンもそんなひとりだ。BBC(英国放送協会)の東京特派員にして、イギリス秘密情報部員でもある彼は、美しい福原流のお師匠さんのもとで篠笛を習っている。それだけに新橋の芸者さんが総出で演じる東おどりを誰よりも心待ちにしている――。そう、日本の古典芸能に通じた粋人は、実在の人物を忠実に写し取っているのである。

 「新橋の加津代姐さんも声をかけて踊りをお願いしてみましょう」

 この物語では、首相相官邸を取材で訪れたスティーブンが、鼓の名手として知られる女性の官房副長官に一調一管の合奏を持ちかけるくだりが登場する。今年の東おどりでも、小喜美さんと共に清元「艶姿三趣」で主役をつとめる加津代さんを宴席に誘っている。鼓と篠笛が内閣の中枢にある人物との縁を取り持ち、さらに新橋の踊りの名手を配することで、仕事の話を持ち出す野暮はしないと暗に伝えているのだろう。日々の暮らしぶりが別の惑星ほどに異なるニッポン社会の奥深くにすっと入り込んでいく手並みには舌を巻いてしまう。

 親しいスウェーデン人の友人もまた東おどりの熱烈なファンである。フランスに住む父親が久々に東京にやってきた折に、かねて知り合いだった民姐さんに席をとってもらったのがきっかけだったという。東日本大震災で人々の心が沈んでいた二〇一一年の初夏のことだった。

 「杏子・まり恵のおふたりが演じる静幻想には思わず見とれてしまい、以来毎年通い詰めています。あの舞台を観ていなければ、これほど、東おどりに魅せられることはなかったかもしれません」

 新橋の花柳界といえばこのふたりと言われるほどのスター・コンビだったが、この舞台で区切りをつけると自ら宣言し、惜しまれながら最後の舞台をつとめている。

 このスウェーデン人の政治学者は、日本からの奇妙な依頼が舞い込んだことで、新橋と縁ができたという。

 「新橋の民姐さんは、なんとも浮世離れした面白いひとで、イギリスのロック・グループ、クィーンのメンバーだったフレディ・マーキュリーの熱狂的なファンなのです。突然逝ってしまった伝説のスターのお墓を探してお参りがしたいと。その案内役をつとめるように日本の知人を介して頼まれたのです」

 この若手の政治学者は当時、ケンブリッジ大学の博士課程に在学中だった。民姐さんご一行をケンブリッジに案内し、アラビアのロレンスの肖像画と面会させ、近くを流れる川に船を浮かべて船頭役までして、おもてなしにつとめたという。

 「ケンブリッジの学生で、新橋の芸者さんから心づけの花代をもらったのは僕くらいでしょう」

 博士号を取得した後、慶應義塾大学の准教授として日本に招かれると、早速、新橋の料亭に一席設けてお祝いをしてもらったという。こうして新橋の花柳界と絆が深まり、若手の芸者さんたちの求めに応じて、「お座敷英会話」の講師も務めている。ドバイの王族や欧米の実業家がお座敷にやってきた時、英語でどんなやり取りを交わせばいいのか、余興の踊りを英語で説明するにはどう表現するのか、実践的な会話術を伝授したという。去年の春には京都大学法学部の准教授に転じたのだが、祇園でも「お座敷英会話」のボランティア活動を続けているらしい。専門は比較政治の研究なのだが、いまでは「東おどり」と「都おどり」を比較して論じるプロフェッショナルだ。

 外国の人々にも愛されるようになった東おどりだが、戦後再開されたのは、戦争の傷跡が癒えていなかった昭和二十三年のことだった。新橋の老舗料亭の主人たちが、馴染みの客でもあった川端康成、谷崎潤一郎、舟橋聖一、吉川栄治といった錚々たる文人に持ちかけて舞台の台本を依頼している。舞台美術にも、横山大観、前田青邨、橋本明治、小林古径といった画壇の重鎮が筆を揮う豪華版だった。和辻哲郎文化賞を受けた『芸者論』で著者岩下尚史は、老舗料亭の主人がプロデュサーをつとめ、六世尾上菊五郎が助言者だったと明かしている。

 「東おどりという大きな舞台で、一流の作家による台本と贅沢な舞台美術を使いながら、自らの振付の力を試し、世に問うことは願っても無いこと」と記し、舞踊劇という未知の分野で興業の基礎を築いたとその功績を称えている。

 こうして再興された東おどりで主役を担ったのが、まり千代、小くに、染福の三人だった。いなせな立方、まり千代に、女方の小くに、染福を配して、その後の東おどりの基本的な型が出来上がった。当時の写真を見ても、きりりとした容貌と粋な身のこなしは、新しい時代の幕が上がったことを告げ、時代の活気が伝わってくる。「どこか宝塚歌劇と二重写しになる」という感想を漏らす観客がいるのは、小粋な立方の得も言われぬ魅力に預かるところが大きいからだろう。

 ことしで九十一回を迎える東おどりは、新橋演舞場で五月二十一日から二十四日まで開かれる。序幕で五人が日替わりで「咲競五人道成寺」を踊り、第二幕の「艶姿三趣」ではかつての「お好み」にならって粋な芸者姿で踊る演目が組まれている。初めて東おどりを観るという外国からの観客のために英文の解説も用意される。ニッポン独特の料亭文化を味わってもらおうと、演舞場のロビー二階には、老舗料亭が競作した松花堂弁当や鮨折が用意され、芸者さんたちも姿を見せてもてなしてくれる。また江戸千家の点茶席がしつらえられる。売り場には名刺代わりの千社札があり、団扇や和装小物まで揃っている。新しい観客のなから清元や長唄の稽古に通い、新たな通が生まれるかもしれない。

 日本の粋や艶が外国人にわかるはずはない―そんな思い込みはそろそろ捨てたほうがいい、古典芸能の継承と革新を担う人材を海外にも求めるというご時勢がすぐそこまで押し寄せている。

 「東おどりは世界の踊り」という名文句は、澄み切った青空にポーンと小手毬を蹴り上げたような威勢の良さがある。来るべき新しい時代を先取りする響きが伝ってくる。



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