手嶋龍一

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米中の外交攻勢にさらされる日本

 中国を巡って巻き起こる波頭がいま、日本列島をのみ込もうとしている。習近平主席が率いる中国が、東アジアの四つの海域で同時に演習を実施し、台湾海峡を制圧する構えを見せ、香港の「1国2制度」を葬り去った。東アジア周辺の波浪は一層高まりつつある。

 反中国感情を煽(あお)る震源地は、大統領選が終盤に差しかかった米国だ。トランプ大統領は、新型コロナウイルスを一貫して軽視し、その果てに自らが感染してしまった。この「オクトーバー・サプライズ」によって、ラストベルト地帯や南部のフロリダ、アリゾナなど激戦州では、共和党のトランプ候補が民主党のバイデン候補の攻勢にあい、軒並み苦戦を強いられている。コロナ禍が戦いの行方を左右しているのである。それゆえ、共和党のトランプ陣営は、21万人もの命を奪った感染症を「チャイナ・ウイルス」と呼び、反中国キャンペーンに熱をあげている。強権国家ゆえに情報を隠蔽(いんぺい)し、世界にウイルスをまき散らした中国に償いをさせると主張する。

 一方の民主党のバイデン陣営も、アメリカの草の根に反中感情が行き渡っていることを肌で感じ取っているのだろう。我こそがより中国に強硬だとアピールし、選挙戦は、共和、民主のいずれの陣営が中国によりタフかを競う戦いとなりつつある。

 超大国アメリカが大統領選挙戦の嵐をくぐり抜けているうち、反中国に一層傾いてしまった以上、民主、共和いずれの政権が誕生しても、今後の米中関係はより険しいものにならざるを得ない。その結果、同盟国の日本にも中国を抑止する砦(とりで)の一角を担うよう求めてくるだろう。今回のポンペオ国務長官の訪日は、早々と先手を打ったものと見ていい。

 ポンペオ国務長官は、日米会談や日・米・豪・印の外相会談など一連の協議を通じて、「4カ国が連携を強めて、それぞれの国民を中国共産党の腐敗や圧政から守り抜くことが一層重要になってきている」と呼びかけた。ワシントンの狙いは明らかだろう。「自由で開かれたインド太平洋」の旗のもとに日・米・豪・印の4大国が結束し、「一帯一路」を掲げる中国への包囲網を強化しようとしているのである。

 アメリカの外交当局は、東京発の情勢報告を受けて、菅政権誕生にキングメーカーの役割を果たした自由民主党の二階俊博幹事長の対中融和姿勢を懸念している。

 2017年5月、二階幹事長は「安倍親書」を携え、習主席が提唱する「一帯一路」構想に「支持」を伝えた。安倍親書には当初「支持」の文言がなかったのだが、中国側の強い働きかけで「支持」を表明した。米外交当局は、そうした経緯に通じているため、中国側が二階人脈を介して日・米・豪・印の対中包囲網にくさびを打ち込んでくることを警戒している。

 中国の王毅・国務委員兼外相の訪日が日程に上りつつある。王毅外相は二階幹事長と会談し、「習近平訪日」のカードを巧みに使いながら、日米同盟に揺さぶりをかけてくるだろう。菅義偉内閣の新しい外交チームは、こうした中国の外交攻勢にどう応じ、日・米・豪・印の対中連携を確かなものにしていくのか。透徹した外交哲学を持たないまま、ニッポンがワシントンと北京の磁力に振り回されれば、東アジアの戦略的安定はたちまち損なわれてしまうだろう。

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