手嶋龍一

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著作アーカイブ

危機の時代に求められるリーダーの条件。
時代の転換点に立つ世界―日本の進むべきみちとは

コロナの時代の情報戦略

 世界各地で今なお猛威を振るうコロナ禍は、多くの人命を奪い、人々の暮らしに痛打を与えただけではない。二十一世紀の社会・経済システムそのものを塗り替えつつある。そうした激変のさなかに在っては、事態の本質が見えにくいのだが、我々はいま現代史の大きな節目に身を置いている。

 この世界には、想像を絶するような出来事が現実に起こりうる――。二〇二〇年は、まさしくそんな現実を目の当たりにした一年だった。我々の想定を超えた事態を敢えて想定し、未知の災厄に備えておく。そんな心構えがどれほど大切か、後の世代に伝えていく年になったと思う。

 コロナ禍に世界の国々がどう立ち向かったか。その取り組みは、じつに様々だった。新型コロナウイルスを抑え込むためには、独裁がいいのか、それとも民主がふさわしいのか。中央集権が早道か、それとも地方分権こそ効率的か。中国は強大な中央政府の権力を使い、都市の封鎖に踏み切った。その一方でドイツは地方政府に多くの権限と財源を委ねた。コロナとの闘いはまさに進行中であり、どちらがより有効なのか、今の時点では結論はまだ出ていない。

 だが、いまの時点でもただ一つ言えることがある。台湾が繰り広げた新型コロナウイルスの感染対策は頭抜けて優れたものだった。恐ろしい感染症の震源となった中国大陸と台湾海峡を挟んで向き合いながら、感染者は驚くほど少なかった。それは決して僥倖に恵まれたからではない。蔡英文総統の強いリーダーシップのもと、台湾政府が取った一連の采配が圧倒的に秀でていたからだ。その重責を担ったのが、才能あふれるオードリー・タンIT担当大臣だった。彼女は最先端のインタネット・テクノロジーを縦横に駆使し、迅速に防疫線を引き、重症患者を受け入れる病院の手配をやり遂げ、マスクを国内にあまねく行き渡らせた。

 台湾が矢継ぎ早に打ち出した一連の対策を支えたのは「情報戦略」だった。コロナ禍に直面した台湾は、インテリジェンス・サイクル、つまり情報の回路をフル回転させた。膨大で雑多なコロナ情報のなかから、事態の本質を示す情報を選り抜いて、意思決定を委ねられたリーダーに上げる。そうした情報の回路が粛々と回って効果をあげたのである。コロナ禍を巡る情報戦に秀でていたことこそ、台湾が新型コロナウイルスをぴたりと封じ込めた決め手となった。

 各国の政治指導者のもとには、膨大で雑多な情報、すなわち「インフォーメーション」が日々大量にもたらされる。それら情報の洪水のなかから本質的でより重要なものを選り抜いて分析し、一滴のエッセンスを抽出する。それこそが「インテリジェンス」なのである。各国のリーダーはこのインテリジェンスを拠り所に決断を下していく。選り抜かれ、分析し抜かれた「インテリジェンス」こそ、国の命運を左右すると言っていい。

 総じて、こうした「インテリジェンス・サイクル」がうまく機能している国は、コロナ禍に相対的に的確な対応をしている。台湾も二〇〇三年のSARS(重症急性呼吸器症候群)では、対応が後手を踏んで甚大な被害を受けた。それを教訓に、アメリカの疾病対策予防センター(CDC)に倣って「台湾版CDC」を立ち上げた。そのなかに情報分析の部門を置いたことが決め手となった。

 中国・武漢に異変の兆しあり――。台湾の当局は、中国各地に張り廻らしている人的な情報ネットワークからもたらされる様々な「インフォーメーション」を精緻に分析し、中国政府が新型コロナウイルスを公式に認める前から、未知の感染症を察知していた。その結果、武漢だけでなく広州・広東からの直行便を、早い段階で差し止める措置に踏み切った。台湾当局の的確な決断を支えたのは、貴重な「インテリジェンス」だった。

 だが「インテリジェンス」だけでは感染症に立ち向かえない。アメリカは、早くからCDCを持つ感染対策の先進国だが、飛び抜けて多くの感染者を出しいまもコロナ禍に苦しんでいる。トランプ大統領が、専門家の意見を聞こうとせず、非科学的で根拠のない発言を繰り返して、初動の対策を誤ってしまったからだ。

 翻って日本を見れば、そもそもCDCのような組織すらない。国立感染症研究所には、医師などの医療専門家はいても、「インテリジェンス」の専門家はいない。未曾有の危機に、国として立ち向かう情報面での体制が極めて貧弱である。現段階で日本は、世界的水準から見れば感染者も死亡者も少ないのだが、初期のダイヤモンド・プリンセス号での惨状を振り返れば、その感染対策が「日本モデル」などと誇るわけにはいかないだろう。

二〇年の米大統領選 二つのテーマ

 コロナと中国を制する者は、二〇二〇年のアメリカ大統領選挙を制する――。これこそが、今次の米大統領選挙を貫く二つの重要テーマだった。この二つの戦いでともに、共和党のトランプ大統領は、民主党のバイデン陣営の優位に立てなかった。

 コロナの初動段階でトランプ大統領は、この感染症を明らかに軽視し迅速な対策を打とうとしなかった。感染症の世界的な権威、国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長の助言に耳を貸さず、「消毒薬を注射すればいい」と暴言を放ったりした。

 その果てに選挙戦の再終盤には、自らもコロナに罹り入院してしまう。民主党のバイデン候補が自宅に籠っているなか、トランプ候補の強みは、大集会に入りこんで票を掘り起こすことにあった。現に最激戦州のフロリダとオハイオでは、大集会を次々に開いて、事前の世論調査の予想を裏切って勝利している。だが、最後の決戦場となったペンシルバニア、ミシガン、ウィスコンシンの三州には、入院のために時間が割けず、ト得意の大動員をかけて人集めができなかった。

 さらに今回は、武漢からコロナ感染が広まったため、中国への反感が草の根の民衆にまで広がっていた。こうした中では、共和党のトランプ、民主党のバイデンの両陣営のどちらが、中国により強硬なのかを競う戦いの様相を濃くしていった。

 それゆえ、間もなく発足するバイデン民主党政権は、地球環境の問題などを除けば、安全保障、外交そして何より通商問題で、習近平政権に厳しい姿勢を取らざるを得ない。

 バイデン次期大統領は、錆びついた工業州と言われるラストベルト地帯の票によって、かろうじて勝利を手にした。それゆえ、中国製品の攻勢によって失業の危機にさらされるラストベルト地帯の白人労働者層に配慮し、保護主義的な政策に傾かざるを得ないだろう。

 習近平主席が率いる中国は、「一帯一路」構想を掲げ、陸と海に新たな通商路を張り巡らす「二十一世紀のシルクロード経済圏」を目指している。中国の旺盛な経済力を背景に、アジアからヨーロッパかけて大中華圏を築きあげ、中国の影響力をさらに伸ばそうと目論んでいる。

 中国のこうした攻勢に対する防波堤として、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は構想された。ところが、トランプ大統領は政権発足の直後にこのTPPから離脱してしまった。トランプ政権が犯した最大の戦略的失敗というべきだろう。その失策を挽回すべくバイデン次期政権は、温暖化防止のパリ協定だけではなく、このTPPにこそ早急に復帰すべきなのである。だが、ここにもラストベルト地帯の白人労働者層の影が黒々と落ちている。

 アメリカがTPPに復帰すれば、ラストベルトの低所得層の白人は経済的な打撃を受けてしまう。それゆえ、民主党の伝統的な支持基盤である労働組合は、TPPへの復帰に反対するだろう。バイデン次期政権は、そんな彼らを説得し、TPPへの復帰を果たすことができるか。バイデン次期大統領のリーダーシップが試されている。

 こうした一方で、米大統領選挙の後、日本、中国、韓国、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランドなど一五カ国が参加する世界最大規模の自由貿易圏、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)が誕生した。インドが参加を見送ったこともあり、RCEPの主導権を握るのは、域内で最大の経済大国、中国となる。

 いまニッポンの眼前には、「アメリカなきTPP」と「インドなきRCEP」が並び立っている。これでは、中国包囲網どころか、日米包囲網になりかねない。中国の習近平政権は、これを好機と見て、TPPへの参加の意欲すら示している。じつに鋭い戦略眼だと嘆息してしまう。自由貿易圏を巡る鞘当ては、いまや通商の域を超えて、東アジア全域の戦略問題に転化しつつあると言っていい。

対中政策の転換で米中の緊張が高まる

 「海洋強国」を呼号する中国の攻勢が止まらない。われわれがコロナ禍に眼を奪われている隙に、中国は南シナ海に二つの新たな行政区を設け、周辺国が領有を主張する八〇の島などに中国名を付け、尖閣諸島周辺の日本の領海にも海警艦を出没させている。さらに香港に国家安全法を適用し「一国二制度」を葬りつつある。

だが、東アジアの安全保障の主戦場は台湾海峡である。バイデン次期政権は緊張を高める台湾海峡にいかに臨もうとしているのか。それを読み解くカギがバイデン民主党の政策綱領に埋め込まれている。昨年八月の民主党全国大会で採択された新たな政策綱領には、看過できない重要な変更が加えられていた。

 この新綱領に託されたメッセージを精緻に読み解くには、一九七二年の米中の関係改善に際して交わされた「上海コミュニケ」の台湾条項に遡らなければならない。この台湾条項の核心は二つ。第一は「米政府は台湾問題の平和的な解決を希求する」というくだりだ。米国は台湾への中国の武力行使を牽制し、言外に軍事力の発動をためらわないと示唆している。第二は「台湾海峡を挟む両岸の中国人が、それぞれ中国は一つだと主張していることを米側は事実として知り置いている」と述べ、「ワンチャイナ」すなわち一つの中国政策に初めて言及した。

 米政府が表明した「一つの中国」は、中台それぞれに、内容は異なるものの、「中国は一つ」と主張していることを逆手に取り、そんな現状を「acknowledge」、事実として知り置いていると述べたにすぎない。だが、ソ連の核攻撃の危機にさらされていた当時の中国政府は、「一つの中国」という言葉を米中接近の大義名分として、クレムリンに対する外交カードとしたのだった。

 これ以降、民主、共和の両党は、政権の公約となる綱領で、この台湾条項を踏襲してきた。ところが、バイデン民主党の新綱領では、草稿にあった「一つの中国」をそっくり落してしまったのである。バイデン次期政権は中国から台湾に傾き始めた――そんな観測が流れ、中国の激しい反発を招いている。こうした潮流の変化は、中国の前浜に位置する日本の安全保障にも大きな影響を与えずにはおかないだろう。

 かつてキッシンジャーと周恩来が智慧の限りを尽くしてまとめあげた台湾条項。これこそ半世紀にわたって東アジアの波を穏やかに保つ決め手になってきた。バイデン次期政権が、台湾条項の半ばを切り捨ててしまえば、海峡をめぐる平和な環境は崩れてしまう。それは直ちに日本列島を取り巻く安全保障環境を根底から塗り替えてしまう怖れがある。

 中国が台湾海峡へ武力で介入する構えを見せれば、米政府も第七艦隊を海峡に派遣するだろう。その時には、日米の盟約に基づいて日本もイージス艦や対潜哨戒機を米艦隊に随伴せざるを得なくなる。当然ながら、中国政府も、二〇一二年の日本の尖閣諸島国有化を遥かに凌ぐ対抗手段に出るだろう。中国は尖閣周辺で停船命令に従わない外国船には武器の使用を認める法案の草案を公表した。早くも台湾海峡危機の前哨戦が繰り広げられている。それゆえ、台湾海峡の危機だけは決して顕在化させてはならず、いかに困難でも外交によって解決しなければならない。

 現下の米中対立を、「新冷戦」と呼ぶ向きもあるが、あまりに楽観的だと言わざるを得ない。「冷戦」と呼ぶのは、暗黙裡に軍事衝突は起きないと考えているからだろう。だが、いま米中の間には、冷戦期のABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約や中距離核戦力全廃条約のような核戦争を未然に防ぐ仕組みはない。われわれはそんな現実にあまりに自覚がない。

 習近平の中国は、マルクス・レーニン主義を奉じる全体主義国家だ――米政府の高官は揃ってそう批判してきた。だが、いまの中国は、スターリンが率いたソ連のようにマルクス・レーニン主義を海外に浸透させようと考えているわけではない。かつての大中華圏の復権を目指して力の政策を推し進める帝国主義国家と見るべきだろう。アメリカの戦略家たちの中国理解は表層的であり、その意味でも中国と深い歴史的関わりを持つ日本が果たす役割は大きいと思う。

日本は道義の力で中国に対抗すべき

 二〇〇〇年のアメリカ大統領選挙で、当時のアル・ゴア副大統領と民主党の大統領候補指名を争ったビル・ブラッドリー氏の言葉はいまも鮮やかに憶えている。

 「超大国アメリカは強大な力のゆえに尊いのではない。その力を正しきことに使ってこそ偉大なのである」

 翻って、いまの中国もまたその力のゆえに偉大なのではないと心得るべきだ。そんな中国の攻勢を前に、日本は島嶼防衛の態勢を整えて、侵略の隙を与えてはならない。だが、日本は独自の軍事力で中国に対峙することはかなわない。それゆえ、単なる軍事の力によってではなく、内に秘めた道義の力によって、中国と相対していくべきだと考える。

 コロナ禍の前には、数多くの中国人が日本にやってきた。反日教育を受けてきた人々が、いったん素顔の日本に接するや、日本への印象を改めた人が多かったという。街中で財布を失くした中国人旅行客が、交番に駆け付けると届いていたという逸話は忘れがたい体験となった。この国の公徳心は、彼らを驚かすに十分だった。日本社会に行き渡る徳の高さこそ、中国の人々の心を惹きつける力を秘めていると思う。

 かつて、日中の国交正常化にあたって、中国を深く理解するため、当時の日本人が大きな影響を受けた思想家がいた。名著『魯迅』の著者として知られた竹内好だ。彼は中国の専門家でありながら、革命後の中国を訪れようとせず、文化大革命の熱狂にも心動かされなかった。

 竹内好は「中国人の抵抗意識と日本人の道徳意識」と題する文章のなかで、その国がもつ文化の深さは、人々の抵抗の量によって測られると喝破している。竹内好は、一九三〇年代に北京で暮らしながら、当時の中国の抵抗がどれほど広く深いものだったかに無自覚だったと自省している。そして、ひとりの中国の知人を思い浮かべるという。この無名の知識人は、日本の侵略のもとに身を置きながら、常に高い道義心を失なわず、毅然としてアジアの将来を考え続けていたという。竹内好は、中国について考える時には、この人ならどう考えるだろうと思いつつ筆を執ったという。

 「徳のないものはつねに銀を水に変える。人を利益だけで動かしうると考えるものは、自分が利益だけで動かされている人間である」

 「一帯一路」構想を引っ提げ周辺国に影響を広げつつあるいまの中国に向き合う時に、この竹内好の言葉は多くの示唆に富んでいる。いまや中国と日本は、位相をまるごと逆転させ、竹内好のひそみに倣って言うなら、日本人の抵抗がいかに広く深いかを中国の人々に知らしめ、その道徳意識に訴えかける時なのである。

 米中そして日中関係が険しさを増すなか、日本の政治指導者は、我々が蓄えてきた徳の力に思いを致し、抵抗の力がどれほど精強なのかを示すべきだと思う。

 一九世紀のアメリカが生んだエイブラハム・リンカーンは、人々の心の内に眠っていた道義の力を呼び覚ました真に偉大なリーダーだった。 彼の演説はぼそぼそと聞き取りにくかったが、人々の心に訴えかける力を秘めていた。

 「分かれたる家、立つこと能わず」

 南北戦争を前にこう訴えた。誕生して日が浅いアメリカ合衆国は、奴隷制の存続を巡って、未曽有の内戦に突入しようとしていたからだ。祖国が二つのアメリカに引き裂かれつつある危機に直面し、リンカーンはアメリカの分裂を回避することを至高の目標に据えて行動した。

 後に「奴隷解放の父」と呼ばれたリンカーンは、奴隷制度こそアメリカの建国の理想を汚すと心から憎んでいた。だが、北軍についた諸州のなかにも、奴隷制度を認めていた州があり、直ちに奴隷解放令を出せば、それらの州が離反して、南北戦争に敗れてしまう危険があった。そのため、奴隷解放の歩みを一時緩めてまで、アメリカの結束を守ろうとした。大きな理想を掲げつつも、冷徹な判断を下すことのできる政治家だった。われわれは政治家に哲学者の資質を求めてはならない。いまの日本には、高い道義心を持ち、併せて現実的な対応を誤らない政治リーダーが求められている。

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