手嶋龍一

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手嶋流「書物のススメ」

プレジデント・クラブ (柏書房)

書評  父ブッシュは、再選を懸けた大統領選でアーカンソー州から来た男に敗北を喫し、ゴルフで無聊を慰めていた。われわれホワイトハウス詰めの記者たちにこう嘆いたことがあった。
「君たちには現職を離れた大統領の心境など分からないだろうな。辞めた途端にゴルフのパートナーは誰もオーケー・パットを申し出てはくれない」

 イェール大学の在学中に海軍のパイロットに志願した父ブッシュと、ベトナム戦争の徴兵逃れの疑惑が付きまとったクリントン。二人はあらゆる点で対照的な存在だった。にもかかわらず、後に実の親子かと見まがうばかりに親密な間柄となった。有力誌「タイム」の記者としてホワイトハウスの人間ドラマを目撃してきた著者は、新旧の大統領が互いに魅かれあっていく過程を鮮やかな筆さばきで描きだしている。

 フーヴァーはアメリカを大恐慌の奈落に叩き落とした大統領として、父ブッシュより遥かに惨めな引退生活を送らなければならなかった。共和党から応援演説を頼まれず、民主党はフーヴァーの名を集票マシンとして重宝した。アメリカの疫病神だった彼を再び日のあたる舞台に連れ戻したのは、ルーズベルト政権の冴えない副大統領からホワイトハウス入りしたトルーマンであった。

 第二次大戦で疲弊した欧州を飢饉から救う役割をフーヴァーに託し、戦後は大統領が真に指導力を発揮できるよう連邦政府の改革を委ねたのだった。これらの仕事を通じ、フーヴァーは民主党政権の弱点を握っていたのだが、党派争いに利用しようとしなかった。本書は互いの信頼が深まっていった様を活写している。

 国家の命運を担って苛烈な責任に耐えた者だけが知る大統領職の重み。それゆえ、彼らは揺るぎない友情の絆で結ばれている。「プレジデント・クラブ」は、大統領職にあった者たちの隠された素顔に光をあて、アメリカ現代史に新たな一章を書き加えている。

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