手嶋龍一

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手嶋流「書物のススメ」

『少子化に打ち勝った保育園』 石井光太著

書評 現代ニッポンの“ユートピア探訪記”を読んでいるような———本書を読み進むうち、そう思えてきた。熊本の地に奇跡の保育園を創りあげた山並道枝。彼女は8人きょうだいに囲まれ、戦後の貧しい幼児期を過ごしている。だが、近所の人たちに見守られ、明るく過ごした体験が「こども園」の原風景になっているという。保育園をささやかに立ちあげたのは半世紀前、改造したアパートの一階に職員は3人、園児はそれぞれの子供4人だった。自治体はそんな保育園に補助金など出してくれない。艱難辛苦は子供を鍛え抜くというが、道枝の園も認可外の施設として産声をあげた。意外にも認可保育園の選に漏れたり、シングルマザーだったりという家族の子らを引き受け、徐々に地域に根を張っていった。

 だが、園児が増えれば、保育のあり方が問われようになる。道枝は実績をあげている先達の事例を熱心に学び、独自の工夫を加えて、リズム遊びや演劇という独自の保育メソッドを編み出していく。園児らの感性と知性は年ごとに磨かれていったが、更なる高みを目指すには優れた保母が欠かせない。認可外の施設ゆえに良い人材を迎え育てる財源には限りがある。そんな折、温かい援助の手を差し出してくれたのが園児の親たちだった。苦境を見かねてバザーを企画し保母さんの研修費を用立て、物語仕立ての冒険旅行に父親たちも登場人物に扮して加わってくれた。動物園に近い住宅地に生まれた認可外の施設は、いまや親たちに「ここに通わせたいからもう一人産んだ」と言わせるほど魅力的な存在に変貌を遂げていった。

 これほど傑出した存在を描くのは至難の業である。相手を褒めればほめるほど読者の居心地を悪くさせてしまうからだ。練達の書き手である著者はそんな機微を知り抜いているはずだ。にもかかわらず、敢えて一辺倒を怖れず、“こどもの楽園”を描き切っている。じつは本書に潜む問題の本質はもっと深いところにある。「こども園」がどんなに優れていても、一粒の種が全国に撒かれて実を結ばなければ、地域の単なる成功物語に終わってしまう。

 血塗られたフランス革命を目の当たりにした思想家トクヴィルは、建国間もないアメリカを旅し、ニューイングランドで自立した農民たちが築きあげた共和制の素顔に初めて触れた。これこそが真の社会革命だと心打たれ、自由な精神の共和国は、国家の介入を排し全米に拡がると確信したという。“やまなみ”のユニークなシステムが全国の保育施設に波及するのか———それこそが問われている。

 “ボーリング・アローン”、そんな言葉が米国にある。ひとり寂しくボーリングをするコミュニティにはどれほど公的資金を注ぎ込んでも効果が乏しいというのだ。だが、日本政府は深刻化する少子化の対策に年間10兆円もの巨費を投じようとしている。貴重な血税をいかに注ぎ込んでも、“もっと子供を産みたい”と親たちの背中を押せるとは限らない。実効ある少子化対策の“解”は、「こども園」のような認可外の施設に潜んでいる。保育園が地域コミュニティと堅い絆を結ぶことこそ少子化に歯止めをかける決め手である。

 保育園の活動に貢献する親たちの出費には税の優遇措置が講じられていい。熊本のふるさと納税に「こども園」への寄付があれば、筆者も真っ先に応じたいと思う。少子化対策の予算を役所に流すだけでなく、地域社会の自主性に大胆に委ねるべきだろう。これこそ「こども園」がニッポンの行く手に指し示している探照灯なのである。

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