手嶋龍一

手嶋龍一

手嶋龍一オフィシャルサイト HOME » インテリジェンス小説 » スギハラ・ダラー » 書評

スギハラ・ダラー

世界経済の衝撃、源流は神戸… 手嶋龍一氏が新作

神戸新聞

元NHKワシントン支局長で外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一氏が、国際金融市場を舞台にした「スギハラ・ダラー」(新潮社刊、1680円)を出版した。北朝鮮の偽ドル札を追ったベストセラー「ウルトラ・ダラー」(2006年刊)の姉妹編と位置づける。リーマン・ショック、米中枢同時テロ、ブラック・マンデー…世界経済を揺るがした衝撃の源流は、今から70年前の神戸にあった‐。手嶋氏にインタビューした。(宮田一裕)

‐新著の着想は?

「端緒はNHKワシントン支局の記者時代。1987年、ニューヨーク株式市場が大暴落したブラック・マンデーに遭遇した。ニューヨーク市場が機能停止に陥り、米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長はホットラインを、シカゴ・マーカンタイル取引所とつないだ。"大津波"に襲われても、マーカンタイルだけは市場を開け続けていたからだ。不思議だった」

‐疑問は解決した?

「ワシントン支局長の時だ。マーカンタイルを世界有数の金融先物取引市場にしたレオ・メラメド名誉会長に会った。疑問を投げ掛けると、自由な取引、自由な市場は命を超える存在で、閉鎖はまったく考えなかったと。なぜなら、自分がスギハラ・サバイバルだからだ、と語った」

‐「スギハラ・サバイバル」?

「彼が10歳に満たないころ、祖国ポーランドは第二次大戦でナチス・ドイツとソ連に引き裂かれた。ユダヤ人の彼は家族とリトアニアに脱出したが、迫害から逃れられる可能性は万に一もなかったという。だが、日本の外交官・杉原千畝が命令に反して発給したビザを手に、シベリア経由で神戸にたどり着いて命を取り留めた。全体主義の猛威を目の当たりにした過酷な体験が、自由を死守する信念を生んだ」

‐「命のビザ」の日本の終着点は神戸だった。

「日本唯一のユダヤ人組織があり、同胞を支援していた。日米開戦前に渡米したユダヤ人たちは、神戸が夢のようなところだったと話している。異質な者への寛容さ、包容力など本当に国際都市だったのだろう。パンも祖国よりおいしかったと言い、ひとときの安息を得た。物語の主人公たちが出会い、人生を定めることになった約束を交わす地に設定した」

‐主人公たちは戦後の金融史に深くかかわる。

「金・ドル本位制のブレトンウッズ体制が71年のニクソンショックで崩壊し、基軸通貨ドルは変動相場制に移った。その後にできた為替先物など金融派生商品は、スギハラ・サバイバルが生みの親だ。国境を越えるドルを生みだし国際金融の一つの潮流を築いた」

‐創作の動機は?

「人道主義で語られる杉原千畝にはインテリジェンス・オフィサー(情報士官)の顔がある。昨年、幸子夫人が亡くなり、ポーランド側から回想録などが出始め、書くための機が熟した」  「もう一つ。ワシントンで報道に携わった米中枢同時テロでは、米捜査当局が首謀者ビンラディンを追い続けているが、足取りをつかめていない。惨事の陰で次のテロや逃亡資金を稼いだのではないかといわれている。自分なりの答えを出し一つの区切りを付けた」

‐作品に込めたメッセージは?

「戦後の日本は経済大国にはなったが、米国の核の傘に身を潜め、世界秩序の創造に関与し切れていない。しかし一介の日本人外交官がまいた一粒の種が世界を変えた。この壮大な流れの中にわたしたちもいる。新著のラストでは21世紀の大国、中国の行方にも言及した。どう付き合い、どう切り結んでいくか。神戸の街は中国を肌感覚で知っている。東京にはない潜在力だ」

■あらすじ

今から70年前の神戸で、二人の少年は出会った。地元の雷児と、ナチス・ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人のアンドレイ。二人は国際金融の世界を生き抜く。  北朝鮮の偽ドル札を暴いたスティーブンらは株式市場が大暴落するたびにうごめく影に気付く。彼らの運命の糸は2008年秋、リーマン・ショックで交差した。

2010年2月28日神戸新聞

閉じる

ページの先頭に戻る