手嶋龍一

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ウルトラ・ダラー

偽ドル札の背後に拉致

望月 迪洋 (新潟日報社編集委員)

米国ホワイトハウスの奥の院にくい込んだ海外特派員がえりすぐりの素材で織り上げた情報小説、という名の「国際事件リポート」だ。昨年六月、 NHK 記者から転身した著者が最初に世に問う作品となる。

主題は、さきの六カ国協議を揺さぶった北朝鮮の偽造米ドル札事件。その背景に、1960年代末に東京の 江東区 や 荒川区 などで次々に起きていた若い七人の熟練印刷王の失踪事件、すなわち北朝鮮による拉致事件の原型が描かれる。

米国が北朝鮮のマネー・ロンダリング疑惑でマカオの銀行を金融封鎖したのは昨年秋のこと。米国は基軸通貨に対するテロだと断定して、強硬措置にでたが、小説では製造された偽造米ドル札の精巧さが超ウルトラ級で、攻略不能と自信満々だった米国財務省を恐慌状態に陥れたとする。

著者は、湾岸戦争で当時の海部内閣が米国など多国籍軍に九十億ドルの追加支援を拠出した交渉劇の内幕を『一九九一年日本の敗北』で描き、国際政治を舞台にした調査報道で高い評価を得た。一転して今回はフィクションだ。だが、まさに作品の主人公のつぶやきに似て「暗中ニ明アリ」。事実との境目はおぼろで霧の中にかすむ。読みながら現実の進行する米国、北朝鮮さらには日本の緊迫した外交戦への連想がつきまとって離れないのである。

国際情勢を先読みした発刊のタイミングも心憎いまでだ。「記事でも小説でも、読者に“面白い”と思われなくちゃ」とエンターテイナーをめざす著者の面目躍如である。通貨テロの先に " オレンジ革命“のウクライナがあり、闇市場で核兵器搭載可能なウクライナ製の巡航ミサイル X 55をマフィアから密輸しようとする北朝鮮秘密工作隊が登場する。どうしても先の日朝交渉非公式会合で北代表が吐いた”脅し“の言葉が頭をかすめてしまう。

新潟市 の老舗料亭も登場し、写楽の贋作(がんさく)寓話や競馬、華道、料理やファッションなど趣味の断章も細密画のように描かれる。だが、読み終えて後「今ここにある危機」にりつぜんとさせられ、外電ニュースにくぎ付けとなってしまうのである。

『新潟日報』2006年3月5日掲載

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