手嶋龍一

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ノンフィクション作品

人間臭いスパイたち

 筆者は外交ジャーナリスト、インテリジェンス小説作家であり、出張先においてさえも一心に本を探し求める。金沢の長町にある当店に立ち寄り、瞬時に本を選んでいく姿は、金沢・東山が窑台の小説『スギハラ・サバイバル』の主人公の諜報員に重なる。

 同書は􅪞インテリジェンス畸き人じん伝でん􅪟である􅪗 􅪘情報􅪚インテリジェンス􅪛 􅪙とは􅪖情報􅪚インフォメーション􅪛をもとに知見や知恵によって峻しゅん別べつされたもの􅪖転じて諜ちょう報ほう活動を指す􅪗続く􅪘畸人􅪙は􅪖英語の􅪞e ccentric􅪟に当たり􅪖世の常識を超越した常ならざる人物のことをいう。

 �物語は、「パナマ文書」に始まる。法律事務所モサック・フォンセカ、諜報員から小説家に身を転じたル・カレ、銀座を愛したスパイ・ゾルゲ、米史上最大ともいわれる告発者スノーデン……。

 登場する畸人たちは時代や国家、都市を縦横に逍しょう遥ようする。読者は彼らが繰り広げる物語の渦に巻き込まれ、混乱させられ、自身のインテリジェンス感覚を試されているようなスリルを味わう。一方、随所に引用されるスパイ小説は物語を読み解くガイドとなってくれる。

 ル・カレの父は􅪖自身が詐欺師でありながら􅪖ロスチャイルド卿の未亡人を自称する女性にまんまと騙だまされる􅪗また􅪖仕立てのいい背広を着こなし銀座で女性たちに囲まれていたゾルゲは􅪖逮捕後􅪖交流のあった女性を捜査の手から守るため必死に知恵を絞る。

 スパイという語から想起される冷徹な印象からは程遠い、人間臭い畸人たちが魅力的に描かれる。作中、情報(インテリジェンス)の要よう諦ていはこう記される。「たとえ情報戦の主戦場がサイバースペースに移ろうとも、最後の勝負は、相手の懐深く飛び込んで信頼を勝ち得て、価値ある情報を入手できるか否かにかかっている。人間力を駆使して持ち帰る情報こそ、ダイヤモンドのような輝きを放つ。」

 巻末には「夜も眠れないお薦めスパイ小説」が収められ、格好の読書案内となっている。また四頁ページにわたる参考文献は本書が膨大な資料を繙ひもとき紡がれたことを示している。

北國新聞 掲載

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